
キャベツの芯に
とじこめられているのは誰?
靴のお船に
とじこめられているのは誰?
書物の二十三頁と二十四頁のあいだに
とじこめられているのは誰?
もしも
虫メガネの探偵がやってきたら
わたしをさがしだしてください
わたしのからだにとじこめられた
ほんとのわたしは泣いている
(寺山修司)

東北の小さな町にディーゼルカーで向かっている。真夜中だ。その町は山間を抜けた小さな盆地の底にあって、ディーゼルカーは周囲の山並みを(螺旋階段を降りるように)廻りながら降りて行く。急勾配、トンネルと深い谷。なかなかスペクタクルだ。
ディーゼルカーの中で、(実際には誰だかわからないが)信頼できる男の先輩と再会した。途中の駅から乗って、わざわざ出迎えてくださったようだ。心温まる感じ。先輩は自ら運転席に座り、マスコンハンドルとブレーキを操作している。ジェットコースターのような鉄路が続いているが、的確な速度操作で安心感がある。途中、盆地の町の空港駅に着いた。その空港には、とてつもない数の誘導灯で敷地が埋め尽くされている。真夜中に展望台から見ると、まるで宇宙を見下ろすかのような絶景を楽しめるらしい。そうか、ここは東北だし、まるで銀河鉄道みたいだと思う。残念ながら空港駅に降りる時間はなく、町の駅を目指してディーゼルカーは走って行く。

駅に到着すると、ぼくは大きな荷物を引きずってホームを歩いている。背中にもリュックだ。(着いたばかりなのに)ぼくはこの町から旅立つことになっている。こんなにたくさんの荷物を運べるのだろうか。もっと減らせば良かったのに。でも、自分の持ち物なので捨てる訳にもいかない。
迎えに来てくれたやさしい先輩は、そのままぼくを見送ろうとしている。盆地を出るまで鈍行列車に乗って、乗換駅で特急に乗る。旅は快適なものになるだろう。
(夢をみた)

別荘地にある企業の研修センター。若くて将来性豊かな正社員たちに混じり、「現実世界の自分」がうろうろしている。トイレに行きたくてしょうがない。研修センターを飛び出して、トイレを探す。薄暗い田んぼの中に、観光ホテルの廃墟があった。廃墟に入ると、隅にトイレらしき部屋がある。ドアを開けると、泥と埃にまみれた便器。接近すると小さな羽虫がいっせいに飛び出した。(村上龍の『ニューヨーク・シティ・マラソン』に出て来る羽虫だ…)。気持ちが悪くて叫びだしそうになる。いつの間にか、大浴場だったらしい部屋にたどり着く。タイルは剥げ落ち、ホコリだらけで足の踏み場もないひどいところだ。トイレはどこだ?ここにもないのか?浴槽だったらしい窪みを見ると、男が倒れている。もちろん生きていない。目を見開いたまま顔を半分を泥に埋め、マネキンのように横たわっている。
外に出ると、廃墟の周りは沼地になっていた。離れ小島に取り残された格好だ。遠くの堤防の上で、男たちが行列を作って歩いている。にぎやかで、大声で話をしている。彼らはどんなグループだ?どこに行くのだろうか。孤独が続いているぼくには関係ない。足下のこなごなに割れた硝子、その周りでたくさんのカエルたちがうごめいている。げろげろげろ。カエルたちの中に一匹だけトノサマガエルがいた。見事な、美しい緑色をしている。見とれる。よくに見ると色がついているのはこのカエルだけである。そのほかはカエルも建物も、空もすべて、モノクロの世界だ。

坂道を歩いていて、小さな雑誌を広げる。そこに知り合いの女性の連載エッセイが掲載されていた。もう5年ほど前になるのか、たった一度だけ会ったことのある女性だ。連載テーマは「わたしが出会った男」。4回の連載だから4人の男について書かれるのか。誰だろう?彼女から聞いたのは二人の男性だけ。4人の中にぼくは含まれるのか。一度お会いして食事をしただけの人だ。自分のわけはない。ぼくは坂道を走り出す。背中から「……。……。」と、誰かにはやし立てられる。それは自分の声だ。録音して再生するとこんな声をしている。
(夢をみた)
言うは易く、行うは難し


圏外ですが



ここには有名な現代美術作家SOさんのアトリエ兼個人美術館がある。廃校になった木造校舎をリフォームしてあるが、土地の観光スポットらしく多くの客で賑わっている。アトリエにはSOさんの姿もあったが、取り巻きが多くて話しかけられそうにない。遠巻きに巨匠を眺めているだけだ。
建物のそばには小さな蔵?があって売店になっている。覗いてみるとレターセットやらポスカやら、アートグッズが販売されていた。SOさんの作品はなぜか皆無で、いわさきちひろやMAYA・MAXXの作品ばかりだ。欲しいものは見つからず帰りはじめたが、SOさんが突然出て来て「何でもいいから買っていってよ」と話しかけて来た。ぼくらはたまげてしまって引き返すことに。売店につづく車道は駐車場待ちの車で大渋滞だ。どうしてこんなに繁盛しているのだろう。「誰かのそばにいても、そいつのことを意識しない限りぼくは存在できない」。歩きながら独り言する。

ぼくは自宅への坂道を登っている。孤独だ。見ず知らずの若い大学生たちがうろついていて、周囲の家並みもすっかり変わっている。ぼくは年をとっていて、わが町内を歩いているのにまるで旅行者のような気分だ。家に着くと、そこは佐世保ではなかった。ぼくと母は立ち退きを命じられていて、東京のある街に移転することになっている。新築の家を与えられるので悪い話ではない。さっそく下見に(歩いて)いく。山をひとつ越えれば東京だ。
丘の上にショッピングモールがあった。急峻な階段をよじ上り、アーケードに入ると突然夜になり、入り口にプラネタリウムのような投影施設があった。派手な身なりの女の子に手招きされて入ると、天井に3Dのモノクロの映像が映し出されている。禍々しい煙がうねるような映像で、迫力はある。床にはスモーク、しかし水漏れでもしているのはびしょびしょ。映像ショーは終盤らしく、それ以上面白いものは無さそうだ。アーケードを出て、ふたたび急峻な階段(どぶ川のようになっていて気持ち悪い)を降りて行く。途中で旧友に会い、珈琲でも飲まないかと誘うが断られる。いつものことだ。中学生のころはすばらしい親友だったが、いまは他人だ。悲しい。丘の上から眺める東京は、東京というより、佐世保の町並みが地平線の彼方まで続いている奇妙な風景だ。
丘の下、三叉路の角に、ぼくと母のための新しい家があった。なかなかいい家だが、よく見ると建家の半分が大きなビルにめり込んでいる。これはなんだ。めり込んだ部分に住居空間はあるのか。無いのかも知れない。頼み込んで中に入れてもらうと、すごくよかった。リビングは広々といていて、暖炉もある。これはいい。見知らぬ土地だけれど住めそうだ。しかし奥に進むと、お風呂とトイレが無い…。バスタブと便器がじめじめとしたビルの裏手に転がっているだけ。これでお風呂に入って用を足すの?それとも、粗大ゴミが転がっているだけなのか。キッチンもまだ見つからない。不安がよぎる。
(夢をみた)
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