両忘

ベネズエラの冒険

図書館に行くたびに、気になるCDがあった。ベートーヴェンの交響曲第5番と7番のCDで、指揮者はグスターボ・ドゥダメルという録音当時25才のベネズエラ人である。ライナーノーツに曰く。

「ダニエル・ハーディングと並ぶ才能!」クラウディオ・アバド
「今まで遭遇した中で、もっとも驚くべき才能を持つ指揮者だ」サイモン・ラトル
「これほどエキサイティングな7番を聞いたのは何年かぶりだ」ダニエル・バレンボイム

すごい。最大級の賛辞。それでもいまいち触手が伸びなかったのは、オケがベネズエラのユース・オーケストラだったからである。うーん、オケがウイーンフィルかロンドン響なら聴いてみたいんだけど。ベネズエラの学生オーケストラじゃね....。というか、どうして南米のユース・オーケストラがグラモフォンからアルバムを出せた?アバドかラトルが音頭をとった企画もののCDかな、と勝手に思っていた。

ところが。先月末のNHKの芸術劇場で、このドゥダメルとベネズエラのユース・オーケストラ(シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ。以下、SBYOVと表記)の来日公演がたっぷり1時間半、オンエアされたので見た。....頭が真っ白になってしまう。いやあああ、すごいや。ブラウン管の中で演奏しているのは、褐色の肌の少年少女たちなんだけど....。こいつらいったい何者や。翌日、図書館でベートーヴェンのCDを借りて聴いた。いいよこれ....。型破りの訴求力。打ちのめされる。

CDのライナーノーツや新聞記事で知ったのだけど、ベネズエラには、世界で最も成功したクラシック音楽の教育システム「エル・システマ」というものがあるらしい。以下、朝日新聞の記事から。

首都カラカスの中心部。スラム地区に隣接するサンアウグスティン地区になる音楽学校「ヌクレオ(核)」を訪ねた。全国には、活動の「核」が約190カ所あり、現在約30万人の子どもたちがクラシック音楽を学んでいる。....「エル・システマ」は、貧富の差が激しいベネズエラで貧しい子らも演奏を学べるようにと音楽家で元文化相のホセ・アントニオ・アヴレウ博士らが提唱。国を挙げた取り組みが75年から始まった。現在、青少年オーケストラは全国に約150、児童オーケストラも70あるという。....通う子ども半分はスラムに住む。ふだん手にできない楽器を無料で借りられ、個人指導も受けられる。(09年2月7日付)

人口2500万の途上国にユース・オーケストラが150である。サッカーチームの数ではない。そのような取り組みが30年以上も続いていたのだ。ドゥダメルのような人材を出しても不思議はない。ちなみに前述のSBYOVは全国のユース・オーケストラからの選抜メンバーで構成されているという。ベネズエラといえば反米主義の産油国くらいのイメージしかなかったのだが....たまげた。

ここでいちばん肝要なことは、「エル・システマ」は才能を発掘しエリートを育てることを目的にしているのではない、ということ。貧しい子どもたちにも高度な芸術に触れるチャンスを与え、心を育てることに主眼がおかれている。現実に「エル・システマ」は犯罪に巻き込まれたり、自身が犯罪に手を染めてしまった子どもたちを更正させるシステムとして有効に機能しているらしい。自分も親も無価値だと思い込んでいるスラムの子どもにとって、ヴァイオリンを覚え、楽譜が読めるようになり、オーケストラの「一員」として演奏に参加出来ることが、どれほどの自信と希望を与えることになるのか....。想像するに余りある。

「エル・システマ」の事例から、ぼくはふたつのことを覚えておきたいと思った。

ひとつは、やるなら徹底的にやれ、ということ。ベネズエラは南米である。サンバやマンボのラテンの国である。そんな土地柄にクラシック音楽というのは、常識的には違和感がある。日本の西の端にオランダの街並を再現するようなものである(どこだ?)。けれど、それを正しいと信じた人がいて、国がバッアップし、30年以上も続けた。それでこの成果である。

もうひとつは、お金持ちで教育水準が高い国ほど優秀で、国民も幸福であるとは一概にいえない、ということ(当たり前の話だが、あらためて思う)。日本には、ベネズエラよりはるかに多いユース・オーケストラ、アマチュア・オーケストラがあるはずだが、高いレベルの音楽教育を受けるチャンスはずっと少ない。音楽(美術も同じ)にはお金がかかるし、チャンスは選抜(あるいは発見)された才能に与えるべきもの、と日本人みんなが思っている。しかし、まずは「誰にも平等にチャンスを与える」、そう信じた国から、最長で一世紀の歴史がある日本のオケが蹴っ飛ばされるような音が出てくるという事実。そもそも義務教育ってなんだ。教育って、義務というより権利なんじゃないの?

最後に、ドゥダメルとSBYOVの感想を。

彼らはとってもハードな演奏をする。宮沢賢治ではないが、ピークに達すると「インドの虎狩り」のような熱い演奏になる。「恋する男子中学生」と表現した方もいる。けれど、単に血気盛んなだけの直情的な演奏ではない。ドゥダメルは現在28才だが、ベートーヴェン・チクルス(交響曲全曲演奏)をすでに6回経験しているという。28才で6回である。わはは(笑いが止まらん)。なりふり構わず棒を振り回す指揮者のはずがない。

とくに心惹かれたのが、テレビで見た「ダフニスとクロエ」の第1曲、CDで聴いたベートーヴェンの第7番の第2楽章など静かな楽想のところで、いままで聞いたことのない不思議な歌を聴かせてくれたと思う。歴史的な指揮者のカンタービレとはぜんぜん異なる世界で、なんというか....言葉が出ないんだけど、明るい瑞々しい響きのなかに深い退廃を感じる瞬間もあり、実に....生々しい。ラベルやベートーヴェンがどうのこうのというのではなく、若い演奏家たちの心を通じて、人間という存在の深さと可能性が聴こえるような気がした。

そして、アンコールの2曲!! バーンスタインの「ウエストサイド・ストーリー」では、団員が楽器を(のだめオケのように)ぶんぶん振り回したり、大声でシャウトしたりする。南米の作曲家のバレエ曲では、指揮者も団員も定位置から離れて踊りまくりのカーニヴァル状態である。いやはや、楽しい。クラシック音楽というのは、ヨーロッパの市民社会が育てあげた啓蒙主義に貫かれているといっていいと思う。演奏者と聴衆がきっちりと分けられ、演奏も指揮者やソリストの厳格なコントロールの下におかれる。しかし、ドゥダメルと若い団員たちは、啓蒙主義を無意識のうちにばらばらにしてみせる。ジョン・ケージやスティーヴ・ライヒがシリアスな文脈で試みたことを、熱狂とエンタテイメンメントの渦中でやってしまったのではないか。はっきりいって、とても興奮した。

がんばれ、ドゥダメル。そしてSBYOV。
ベートーヴェン、チャイコフスキー、ラベル。なんでもいい、好きなようにやれ。

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by ksksk312 | 2009-03-08 21:22 | 読書美術音楽、etc