両忘

経緯と現時点での見解(その1)

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お騒がせしております。

前述の記事の通り、田川市美術館で開催中の「拝啓タイガー立石様」展への作品の展示を拒否されてしまいました。これから数回に分けて、作家サイドから知りうる経緯と見解をまとめておきたいと思います。自分自身と、おおげさなもの言いではありますが、福岡でアートに携わる人のためにも、きちんと発言しておいたほうがよいと思い、記録を残しておこうと思いました。ご意見は歓迎しますので、コメント欄やメールをご利用ください。

まず現状(9月5日現在)ですが、グループ展に一応参加していることになっていますが、作品の展示はありません。展示室にはぼくのプロフィールと立石タイガーへのオマージュとして書いたテキストだけが展示してあり、作品が配置されるスペースはそのまま空いているそうです。スペースには不展示の説明として「今回、志久浩介氏から出品いただいた作品は、公立美術館としては展示し難い作品と判断しましたので、展示をみあわせました。田川市美術館」との一文が掲示してあり、観覧者から問い合わせがあった場合には、スタッフが口頭で説明するという対応になっています。(口頭での説明内容について、美術館側から志久への連絡、同意確認はなし)

作品はすでにこちらに送り返されています。館長名のお詫び状も同封されてましたので、近日中に、お返事させていただこうと思っています。

展示拒否を撤回させることは、とても悔しいけれど、ぼく個人の力では不可能でした。無茶苦茶な話だと思いますが、最終的に展示の権限は美術館にあるといわれれば反論できません。開催期間も限られているし、正直あきらめています(了解しているわけではありません)。あとは経緯をどう美術館が来場者に対してアナウンスし、作家に説明していただけるかです。

展示室の説明文は、具体的な経緯説明がなく、作家や来場者への配慮に欠けていると思います。しかしながら、展示拒否の責任の所在はきちんと明記してあり、その点はオーケーです。いまさらこの文言に異を唱えるつもりはありません。ただ、志久としては同じ文言をウエブサイトでもきちんとアナウンスしてもらいたいと思い、おねがいしましたが拒否されました。「(美術館として)そこまでする必要はない、との判断をした」のだそうです。

次に作品について説明します。

今回制作したのは50センチ×40センチのサイズの平面作品、5点でした。タイガー立石へのオマージュであれば自由に制作していいとのことでしたので、資料を読み込んだり、使えそうな素材を集めたりはしましたが、いつものように完成予想は立てず、即興的に制作していきました。作品画像は(興味本位で見られる可能性もあり、逡巡しましたが)随時公開していくことにしました。ご覧いただければわかるように、たしかに挑発的なコラージュ素材をたくさん使用しています。具体的にいうと昭和40年代以前のポルノ雑誌の表紙、グラビア、映画のチラシなど。もちろんそういう素材だけで作品が構成されているわけではありません。画像ではわからないと思うけど、資料を読み込んで発見したタイガー立石の象徴させる素材を集め、時には自分で作り、融合させ、タイガー立石が生き、ぼくも生きた昭和のエネルギーを作品に込めたいと思いました。けれどそれは、田川市美術館にはNGだったようです。

美術館からの連絡は8月17日の午前11時頃、突然届きました。

美術館の担当者さんから電話で、作品に美術館での展示にふさわしくない表現がふくまれており、美術館内での展示は出来ない、との連絡でした。「公立美術館での展示にふさわしくない表現がふくまれている」「子どもに見せられない」。よって、美術館に遠くない場所に、別会場を探してそこに展示する。....提案ではなく、決定事項でした。作品を16日に送ったので、美術館に到着してからたぶん1時間くらい、たったそれだけの時間ですべてが決まってしまったわけで、よほどひどい作品を送ってしまったんだろう、と自信を失い、自己嫌悪に陥りました。しかし、箸にも棒にもかからない愚作なら「別会場」すらないだろう、しかも担当者さんはぼくの作品は気に入ってくれているようで、即座に別会場探しに動いてくださっている....。自分が送った作品がほんとうにひどいものだったかどうか、あらためて考えてみることにしました。

一晩悩みましたが、やはり自分の作品にはやましいところはないのではないか、挑発的ではあるけれど、たとえ公立美術館においても公序良俗を乱すような表現は見当たらない。自信をもっていいし、責任もじゅうぶん持てる、との思いに至りました。とにかく作品について説明する機会もあたえず、すべてを美術館サイドで決めてしまうのは、強引過ぎるのではないかと思いました。

別会場探しは、担当者さんが個人的なつてを頼りに精力的に動いていただいたようです。いろいろと候補はあったようですが、翌日18日、最終的に提示されたのは美術館にほど近い洋服屋さんでした。ひなびた感じの古い洋服店ではあったけれど、存外おもしろい展示が出来るかも知れない、そうは思いましたが簡単にオーケーは出せませんでした。作品が問題を起こしたとはいえ、1人だけ美術館から締め出されて館外展示を1ヶ月。それを無条件に受け入れる自分を「作家」と呼べるだろうか、否でした。そこで担当者さんには、条件を出しました。館内と別会場、双方に今回の経緯をパネルにして掲示すること、文言はこちらにもチェックをさせていただき、双方が納得したものであること、それが認められなければ今回の展覧会からは撤退する。20日の初日には間に合わないかもしれないけど、それでもオーケーですとお伝えしました。

翌日19日、館内の会議で、この件が議題に上ったそうです。

ぼくの出した条件が討議されたのかどうかはわかりません。担当者さんは、別会場ではなく、ぼくの作品も絶対館内で展示したいという気持ちを抱かれたようで、その線で交渉なさったようです。ぼくとしても、館内展示ができるのであれば、「注意喚起」付きでもいいからそれが良いと思う。しかしながら、結局、館長さんの判断で館内展示はだめ、別会場もだめになってしまいました。その日の夕方、担当者さんの上司から電話があり、「公立美術館の展示にふさわしくない表現がある」との理由で、あらためて作品の展示拒否を告げられました。具体的な理由を問いただしたのですが「他の作家と比較して著しく表現が特殊である」とのこと。「表現が特殊だからだめなのですか?」とあらためて訊くと「そうです」とのお返事でした。

言葉を失いました。


続く

(無断での引用、転載はご遠慮ください)
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by ksksk312 | 2010-09-05 02:18 | お知らせ、個展など