両忘

経緯と見解(その2)

(前回からの続き)

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「拝啓立石タイガー様」展は、主に現代美術の作家が集められている企画展です。それにもかかわらず「著しく表現が特殊である」ことを理由に、展示から締め出されたことには、ショックを受けました。他の作家と比べて、とはどういう意味か、他人と異なる表現手段を世の中ではオリジナリティと呼ぶし、それこそ作家の生命線ではないのか、なぜ、自分の作品だけだめなのか。しかしながら、美術館の方は、作品は公立美術館の展示にはふさわしくない、館長判断が出たので作品は返却します、そう繰り返すのみでした。

すごく冷めた見方をするならば、ぼくにふりかかった今回のアクシデントは、「表現の速度違反」を犯してしまったのだと思います。田川市美術館になにがしかの「制限速度」があるとは知らずに、フルスロットルで制作をしてしまった。「いまどき、みんなこれくらいのスピードは出してるよ」と言っても、違反は違反ということなのでしょう。不当なレッドカードだとは思うけれど、展示の権限が美術館側にある以上は退場するしかない、ということなんだと思います。

作品の内容についても、作家の側からの見解を書きます。

美術館が問題にしたのは、具体的な説明がないのでわからないけれど、作品のコラージュ素材であるポルノ雑誌からの切り抜きだろうと推察します。ただ、それらは、昭和40年代前後のレトロなもので、いまの時代からみるとグラフィティとしてとても面白いと感じ、自分なりのセンスでチョイスしたものです。時代遅れのエロと、カビ臭い印刷物のマチエール....猥雑さとけばけばしさがまさに「昭和」で面白いと思ったわけで、正直、エロチシズムが表現のテーマの主体というわけはありません。実物を見ていただければ、そのあたりは理解していただけると思います。

さらににいうと、ぼくの作品はそいう雑誌からの切り抜きだけで埋められているわけではないです。作品の「明」の部分はエロ系のコラージュ、タイガー関係のコラージュで構成、背景にあたる部分は「老子」や仏典からの引用、タイガーの愛した人物たちの肖像など、ハイカルチャー的な素材で構成してあります。この作品では、そういう聖と俗の反転、そして融合を試み、最終的にはエネルギッシュな昭和のイコンを描きたかった。挑発的な素材が作品の中にあることは認めるし、展示にリスクがある表現であることは認めます。しかし、法律に触れるようなわいせつな表現、他の作品からの悪質な剽窃、他者を傷つけるような表現、そういうものは無いはずです。

個人的な意見を言わせていただければ、たとえ公立美術館であっても、「表現の速度制限」というものはあってはいけないんじゃないかと思います。もちろん、繰り返しますが、明らかに公序良俗への配慮に欠ける表現、他の作品から悪質な剽窃、人権の侵害、そういうものはまずい。芸術の名の下に、作家の自由が無制限に保障されていいわけではない。芸術に免罪符はありません。しかし、その範囲を越えていないと判断できるのであれば、展示は前向きに検討してほしかったと思います。今回の作品は公募展に応募したものではありません。依頼を受けて制作した作品なので、多少のリスクはあっても展示をしていただいて、来場者の主観にゆだねていただきたかったと思っています。そこで、箸にも棒にもかからない愚作であると判断されても、それはもちろんオーケーでした。

さらにもうひとつ。

今回の件で美術館の方とやり取りする中で、「子どもに見せられない表現がある」という言葉を投げかけられました。これはどういうことを言われているのか、ずっと考えてきました。それは、とどのつまり、子どもが鑑賞するにはリスクのある作品である、(同時に)子どもの親たちに説明しがたい表現がある、ということだろうと思います。公立美術館には、美術作品の展示やワークショップを通じて教育普及活動をするという目的もあります。その活動に支障をきたす作品は、公立美術館の展示にはふさわしくない作品という考え方があるのかも知れません。

たしかに、今回の作品には女性のヌードの画像はもちろん、ポルノ雑誌の上品とはいいがたい惹句(たとえば「女子大生のセックスハイク報告」「異常愛欲寝室実話大特集」など)もコラージュに使っています。言葉は、大人たちにとっては画像以上に強烈かも知れません。志久としては、そういう言葉であっても、当時の印刷物とデザインを通してみるとグラフィティとして面白いし、そこに昭和のユーモアがある、と思うのですが、子どもに訊かれて説明に困る、と言われればその通りかも知れません。

しかし、(アメリア・アレナスの著作のタイトルではないけれど)「なぜ、これがアートなの?」という問いかけに答えること、来場者の疑問に正面から向き合うことも、美術館の役割であり使命といえないでしょうか。作品に問題があるのであれば、一方的に突き返すのではなく、まずは作家に「なぜ、これがアートなの?」と訊いてほしかったと思います。挑発的な素材は使いましたが、あくまで美術作品の文脈に落とし込んだつもりです。作家の立場から、責任をもってお話する準備はありました。話し合いをしてもだめで、展示が出来ないのであれば、ぼくも納得できました。

(続く)

(無断での転載、引用はご遠慮ください)
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by ksksk312 | 2010-09-10 22:31 | お知らせ、個展など