両忘

経緯と見解(その3)

(前回からの続き)

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以上のように、いろいろと悔しい思いをしましたが、作品はすでに送り返されており、館長名のお詫びの文書もいただいています。作家として(後述するような)不満は残りますが、少なくともかたちの上では一件落着しています。これ以上の対応をしていただくのは困難ですし、求める気持ちも残っていません。しかしながら、(作家を無視して)美術館の一存でこういうことが起こってしまうのはとても重大なことであり、二度とあって欲しくありません。これからどうあるべきか、自分の思うところを書き記しておきます。

まず、自分自身の反省すべき点としては、美術館側との連絡をできるだけ密にとり、展覧会が始まる前から担当者さんと信頼関係を築いておくことが大切だったということです。今回の作品では、事前にこちらからは作品のサイズと点数だけお伝えしましたが、内容については志久の自由にさせていただきました(通常はそれで問題ないと思います)。ですが、完成が見えてくるにつれ、公立美術館で展示するには挑発的かな、という意識が頭の隅になかったわけではなく、連絡を取り合う過程でなんらかのお話をしてもよかった、自分に気配りが欠けていたのが悔やまれます。もっとも、その時は制作に集中していて、いい作品を完成させることしか考えられなかった、というのが現実なのですが....。それに、作品内容について美術館側からなんらかの「指示」があったとしても、要求を受け入れることはなかったと思います。完成した作品について、どうするかを話し合う、そういうことになったと思います。

問題が起こってしまったときの、美術館側の対応について、作家サイドからの見解を書きます。

今回のように展示をしない決断をする、それはやはり重大なことだと思います。その場合、当たり前の話なんですが、まず作家に連絡して、美術館の見解を伝えるべきです。その上で、話し合って対応策を決める、一方的に美術館で決めてしまうのはぜったいにやってほしくないです。予定通りの展示が出来ないのであれば、作家と共同で次善の案を探す、それもだめで、どうしても展示できないなら、美術館としてどうすべきか、真剣にかんがえて、キメの細かな対応をするべきだと思います。

今回、田川市美術館からは館長名で詫び状を書面でいただきました。美術館として、事前の連絡が足りなかった点について遺憾の意を表し、今回の判断は作家の芸術性まで否定したものではないことを申し添える、そういう内容になっています。志久として、とくに受け入れ難い文言というものはありません。形式的ですが、作家への敬意はいちおう感じられ、内容について異を唱えるところはほとんどありません。ただ問題は、お詫びの書面に記されているような作家への敬意が、館内で実行されていたかどうかです。館内での経緯説明等は、やはり充分とはいい難いです。展示室での具体的な経緯説明の文言はなく、対応については、前述の通り観覧者から問い合わせがあった場合にスタッフが口頭で説明する、ということになっているようです。ウエブサイトへの経緯掲載も断られました。自分がもし美術館のスタッフだったら最低限これだけはするだろう、ということがなされていない。そもそも、8月19日の展示拒否通告以後、その後の経緯説明について、美術館からきちんとしたかたちで連絡をいただいたことは一度もなかった。美術館の具体的な対応については、こちらから問い合わせたり、直接出向いて確認を取るなどしないとわからない、それが現実でした。美術館に展示判断の権限があるのなら、同時に責任もあるはずです。作家に対してきちんと責任を果たせたかどうか、美術館におかれましても真摯に検証していただければ幸いです。

田川市美術館には、先週の土曜日、9月11日に実際に足を運びました。

タイガー立石の作品群、すばらしかったです。そして企画展の作品もとてもよかった。担当者さんから今回の一件について、詳しく経緯を聞くことが出来たので、心情的な部分では自分なりに落としどころを見つけています。美術館の対応には不満が残りますが、こちらにもまったく反省すべき点がないわけではありません。挑発的な作品を出品して、お騒がせしたことは遺憾に思っています。また、問題が起こってからの自分自身の対応も、(いまから思えば)不十分だったところもあり、経験不足、未熟さを痛感するところもありました。自分の作品のためにもっと出来たことがあったのではないか、忸怩たる思いは残っています。

しかし、こういう異なる価値観と正面からぶつかる経験は、作家としてはとても貴重なものでした。自分があたりさわりのない作品しか制作しない、そういう作家ではないことがよくわかったし、いろいろとお騒がせしましたが、結果として、自分に自信を持てたように思います。なにより、今回の企画がなかったら、この作品は生まれなかった。それに、こういう真剣な局面に向き合うと、自分自身の魂(たま)が晒されることになります。同時に周囲のひとたちの魂もかいま見ることが出来ました。ふりかえってみると、悪いことばかりではなかったと思います。いま、自分自身に言い聞かせているのは、こういうことがあったからといって、「迎合」してはいけないということです。これまで通り堂々とフルスロットルで制作して、自分の芸術を切り拓いていく。肝に銘じているところです。

最後にもうひとつだけ。

美術館の企画展には出品できませんでしたが、美術館の判断に異を唱え、田川市内での展示を自主的に申し出てくださった方がいらっしゃいます。第3者の方ですが、その方のご尽力で、市内のライブハウスやアートスペースで、一時的に展示させていただくことになりました。展示中、志久はその場に居合わせることは出来ませんでしたが、たくさんの方々に作品を見ていただくことができたようです。美術館の判断については賛否両論いろいろあったそうですが、作品については高い評価をいただきました。自主展示にご尽力いただいたTさん、展示を快諾してくださったスペースのオーナーの方、ほんとにありがとございました。田川市美術館のSさん、今回はお騒がせしました。お仕事、制作、これからもがんばってほしいと思います。

(無断にての引用、転載はご遠慮ください)

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以上で、田川市美術館との間で起こった件の、作家サイドから知りうる経緯と見解を終わります。念のため申し添えますが、これは美術館をとくべつ批判するような目的で書かれたものではありません。今後、福岡やその周辺でこういうことが二度と起こらないように、との思いから書かれた「記録」という位置づけです。どれだけのひとの目に留まるかわからないけれど、もしお役に立てることがあれば幸いです。
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by ksksk312 | 2010-09-20 19:26 | お知らせ、個展など