両忘

プレスリリースを書いてみた。

画廊喫茶のオーナーcivaさんから、新聞社に個展の紹介をするのでプレスリリースを作りませんかという連絡が来た。 大規模な作品展ではないし、経歴なんて皆無なのでとまどう。作家の本格的なプロファイルがどういうものか、いちおう知っているので...。 しかし、A4用紙一枚ぶん程度のテキストに作品のカラーコピーを付けてくれればいいよ...とのことなのでチャレンジしてみた。

しかし、原稿用紙にして2枚ぶんくらいの作文がまったく出来ない。
経歴は詩の作品歴をメインになんとか拵えることは出来たけれど、作品の解説がさっぱり進まない。 制作と向き合うとき、想起するものはあっても動機やテーマがあるわけではない(...映画の脚本じゃあるまいし)。 終着点となるべきスタイルもないので、厳密に自覚する行程(工程)もない(...不器用だし)。

結局、自分というブラックボックスがあるだけで、そこの部分を語るしかない。 しかし、目は(なにかを見ることは出来ても)目そのものを見ることは出来ないように、稼働しているブラックボックスは自分にはわからないし、 他人にもわからない。しかし、制作者としての説明責任はある。 仕上げた作品を床にならべて、自分はなにを描いたのか、ただただかんがえる。むむむ。

こうして3日前、ようやく初めてのプロファイルが書き上がった。 苦労した甲斐あって、なかなか正直に書けたのではないかと思っている。 芸術という名のパンに自分がどの程度食いついているか、まだまだ歯型もつけられてないことが理解できた。 けれど、自分の方法を、過不足なく(これ以上書くと、嘘になる)言葉にすることは出来たので、まあ合格か?

わかったのは、画材や技法の勉強も必要だけど、もっともっとブラックボックスの精度を上げなければならないということだ。 どんな絵を描きたいか、なにを表現したいかではなく、どんな絵が自分に描かれるのを待っているか、探求すること。説明責任も果たすこと。チャレンジ、チャレンジである。




 ++
[my profile]

1962年、長崎市生まれ。
別府大学文学部卒業。佐世保市在住。
16才の頃から、詩を書きはじめる。
21才から数年間、8ミリ映画を制作。大分市で上映会を開く。
その後、さまざまな仕事に就くかたわら、映画鑑賞、音楽鑑賞、読書、美術館めぐりを続け、断続的に詩作を続ける。
2001年頃からパソコンのドローソフトで抽象的な作品を描きはじめる。デジタルカメラでスナップ写真を撮りはじめる。
2001年〜4年、詩のコンクール、ルソーカップ入選。
2004年、長崎新聞新春文芸(現代詩部門)入選。
2005年、絵筆を取って、ドローイングを描きはじめる。
現在、独学で絵を学びながら、ウエブサイトで発表をつづけている。

[about my work]

絵を描きはじめて、ちょうど1年になります。
10代から断続的に詩作を続け、ずっと言葉にこだわり続けてきましたが、 自分がほんとうに取り組むべき事は絵を描くことではないかと思い至りました。 技法や画材の知識はほとんどなく、無謀といえば無謀なのですが、やってみよう...と思いました。 発心してから本格的に始めるまでさらに数年かかりましたが、昨年からスケッチブックに鉛筆で即興的な線を描くことからはじめ、 水彩、クレパス、コラージュと、画材の種類をすこしずつ増やしています。

作品は、すべて即興で描いています。
はじめるとき、明るい画面にしようとか、 線にこだわってみようとか、おおまかな方向性だけを決めておいて(途中で変更することもしばしばですが...)、自由に描きます。 何かしらの着地点が見えたらそこを目指すのですが、上手くいかないケースも多く、そのまま描き潰して次の着地点を探します。 結果として、ひとつの画面にさまざまなイメージを重層的に描きこんでいくことになります。

詩や散文の場合、どんなにイメージをふくらませても、最終的には推敲された言葉しか残りません。 しかし、絵の場合には、描きこむ過程で生まれたさまざまな線や色彩が残ります。 自分の作品は、イメージの生態系だと考えます。 さまざまな生命が生態系という軸のもとでひとつになるように、ひとつの画面の中で、線と色彩が生き生きと呼吸をしていれば成功です。
[PR]
by ksksk312 | 2006-08-31 16:29 | お知らせ、個展など