両忘

くるくるぱー。(カルロスの記憶)

HMVのサイトをのぞいていみると、2007年のニューイヤーコンサートのCDとDVDの予約が始まっていた。 2007年...まだ行なわれていないライブである。なのにパッケージは出来ていて、画像がサイトにアップされている。発売は来年の1月末。

ニューイヤーコンサートのライブ盤は、音楽業界最速のリリースらしいが、あまりの気の早さに(毎年のことながら)呆れてしまいます。

ウイーン・フィルのニューイヤーコンサート。

毎年かならず話題になるのは、誰がその年の指揮台に上るかということ。79年にボスコフスキーが引退してからは、 メータ、ムーティ、マゼールの3人のローテーションを基本として、あいだに単発で別の指揮者が呼ばれてきた。 もっとも、指揮者が代わったからといって、音楽がそれほど変わるわけではない。 野球でいえばオールスター戦にみたいなものなので、真剣勝負をやるとかえって文句が出る...オザワさんとかさ... (団員はみんな、アルコールが抜けてないんだよ)。

ただ、もちろん例外もあって、89年と92年のカルロス・クライバー。 これは...(まあ、あらためてぼくがいうことでもないけれど)空前絶後の名演奏だったです。87年のカラヤンもよかったけれど。

89年の初登場。クライバーがステージ姿を現わすまでのびりびりとした緊張感は、テレビを通しても伝わってきたっけ。 稀代のカリスマ、しかし迷惑なキャンセル魔としてびたび問題を引き起こすマエストロ、ほんとうに姿を現わすのか、はらはらどきどき...笑。 指揮台に無事に上ったときは、それだけでほっとしたりして。
そして演奏は...まったく目も眩まんばかりの美しさ。しなやかでエレガントな指揮ぶりにはため息が出た。 ほかのどんな指揮者とも、全然ちがうのだ...。 テレビの解説者は「クライバーにしてはおとなしい」と言ってたけれど(ぼくもそう感じた)、 いま聴きなおすとまったくそんなことはない。ニューイヤーコンサートにはめずらしい異様な緊張感が、あの高貴な演奏を実現させたのだろうと思う。

けれど、それを凌駕するのが92年の再登場。

このときは、「カルロスを楽しんでやるぞ」みたいなワクワク感が会場にあふれていたし、 クライバーのほうにも「いてまえ」みたいな覚悟があったように思う。実際、カルロスくん、ちょっと壊れている。 けれど、狂気のひとカルロス・クライバーは、ちょっと壊れてくれたほうがいい。

このコンサートの熱狂と楽しさは、全盛期のハリウッド、ミュージカル映画を思い出させてくれる。 フレッド・アステアやジーン・ケリーのタップ...、死人でも叩き起こして踊らせてみせる、みたいなパワーが、 この歴史的なコンサートにはあふれている。ただただ、熱狂。しかし音楽はまったく崩れず、エレガント。カルロスくんは、 オーケストラを指揮をしているのか、音楽に酔って踊っているのかわからないような動きをしている。魔術である。

もし、人生で「興奮の坩堝」という言葉を一回だけ使えといわれたら、 ぼくは迷わず92年のカルロス・クライバーのニューイヤーコンサートに使うだろう。

「彼はクルクルパーですから」

天才を評して、ウイーンフィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒルは、 日本語でそう言ったという(氏は夫人が日本人で、日本語が出来る)。うまいこといいますなあ。 クライバーは天才だったけれど、奇行も多く(テレーズ事件はあまりにも有名)、オーケストラとのトラブルが絶えなかった。 けれど、いったん指揮台に上れば、われわれを 違うプラネットに連れて行ってくれた。

来年のニューイヤーコンサートは、ズビン・メータである。

いちおう(惰性で...)見るだろうが、カルロス・クライバーのDVDも見ちゃうだろうな。 このディスクは落ち込んだときのカンフル剤なので、年がら年中見ているのだけど、やっぱりお正月には見たい。 というか、すでにもう何回か(適当にはしょりながら)見た。彼の楽しそうな棒ふりを見ていると、お正月がどんどん近づいてくるように思える。

c0091055_14315597.jpg




c0091055_14324897.jpg

[PR]
by ksksk312 | 2006-12-28 14:33 | 読書美術音楽、etc