両忘

引用『クレーの贈り物』平凡社

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クレーの絵画に「詩」を感じない人間はいないだろう。だがそこに私たちが感じ取る「詩」は、たとえばシャガールの絵画に感じる「詩」とは、根本的に異なっている。それは「詩」と「詩的なもの」の違いであると言ってもいい。シャガールは現世のうちに、そこに生きる人間の生活のうちに「詩」を発見していたが、クレーは、グローマンの言葉を借りれば「現世から遠く離れたかなたに創造の拠点を置く。」そこでは「詩」は、部分的にはともかく全体として見れば、人間味のあるものでもなく、温かいものでもない。それは私たちを取り巻く時空、つまり宇宙のありかたと等しい。そこでは此岸と彼岸が同時に存在している。原子と星雲が重なり合っている。人間と樹木が同じ自然に統合される。(谷川俊太郎)

アンドレ・マッソンと共に私はクレーを発見した。その精髄を、である。最初はラスパイユ通りの大きな書店で見た本に複製画を見つけ、それから、ヴァヴァン通りの角にある画廊(ギャラリー・ヴァヴァン・ラスパイユ)で実物を見た。画廊主はときどきクレーを訪ね、そのたびに数点の作品を持ち帰ってくるようだった。エリュアールもクレヴェルもクレーに夢中になり、クレーにまで会いに行ったそうだ。だがブルトンはクレーを無視していた。(ジョアン・ミロ)

ベルンの美術館に行くと、クレーの作品がいつでも見られる。見るたびにため息が出る。(安野光雅)

この春、右眼が見えなくなったので、目をつぶってドローイングすることに熱中した。視覚的な束縛から完全に自由になった新発見のうれしさにひたっていたら、夏が来て、深い眼をしたクレーが、「私がまっ暗闇でもデッサンできたよ」と言って現われた。(合田佐和子)
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by ksksk312 | 2007-10-19 00:10 | 読書美術音楽、etc