両忘

カテゴリ:読書美術音楽、etc( 30 )

堤清二さん亡くなる。

堤清二さんが亡くなった。

セゾン美術館、リブロ、WAVE、アールヴィヴァン、シネヴィヴァン、創成期の無印良品....。若い頃から「セゾン文化」にはユーザーとしてしばしばアクセスし、計り知れない恩恵を受けた。というか、ぼくらの世代にとってセゾン文化は(恥ずかしながら)青春だった。ヨーゼフ・ボイス、ロシア・アヴァンギャルド、アンゼムル・キーファー、武満徹と「今日の音楽」、ゴダール、糸井重里、日比野克彦....。すべてセゾンが供給し、ぼくらは享受した。

1975年、西武美術館が開館したとき、堤さんは図録に「時代精神の根據地(根拠地)」という文章を書いている。以下、少し引用する。

「1975年という年に東京に作られるのは、作品収納の施設としての美術館ではなく、植民地の収奪によって蓄積された冨を、作品におきかえて展示する場所でもないはずです。....言いかえれば、美術館それ自体が、たとえば砂丘を覆う砂や、極地の荒野の上に拡がる雲海のように、たえまなく変化し、形を変え、吹き抜けた強い風の紋を残し、たなびき、足跡を打ち消してゆく新しい歩行者によって、再び新しい足跡が印されるような場所であって欲しいと考えています。....だからこの美術館の運営は、いわゆる美術愛好家の手によってでなく、時代の中に生きる感性の所有者、いってみればその意味での人間愛好家の手によって動かされることになると思われます」(永江朗『セゾン文化は何を夢見た』から孫引き)

いまのわれわれが読むと、きわめて真っ当な、ごく当たり前と思えるような提言が述べられている。時代とリンクすること、市民目線であること、フレキシブルであること。しかし、当時はこういう美術館は無かった。いまでは当たり前のことの「始まり」、それが西武美術館なのだ。各地の素晴らしい現代美術館、成熟したアートフェス、西武美術館こそが源流だったとぼくは思う。

セゾングループの文化事業を、ワイマール共和国に生まれたバウハウスに重ねる見方があるそうだ。たしかに言い得て妙....。バウハウスは短命に終わったが、人材を作り、その後大きな文化的富をもたらした。セゾン文化もまったく同じだ。

前述した堤さんの文章に出てくる「根據地」とは、中国革命のときの用語で、革命成就のため農村に設置した軍事拠点のことをいうらしい。1975年の根拠地は「池袋」だった。しかしいまは、セゾンで育った、あるいは関わった個々の人材が「根拠地」となっている。場所から人へ、セゾン文化は、軍事用語でいうところの「散開」をしていまだ戦っているように思えてならない。そして、若い頃に革命を信じた堤さんの時代精神も、新しい文化のレジームの中に垣間見えるような気がする。

堤さん、安らかにお眠りください。

いまでもわくわくしています。
ありがとうございました。
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by ksksk312 | 2013-12-01 22:29 | 読書美術音楽、etc

インモラルは殺せない。

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森美術館で開かれている会田誠展。展示中の(主に18禁の)作品について、児童ポルノ、性的暴力根絶などを訴える市民団体から抗議が寄せられているようだ。作品があまりにも反社会的、インモラルである、公共性の高い美術館での展示が許せない、作品を撤去せよ、そんな要求を突きつけている。

いつだったかテレビで、チンパンジーの精子と人間の精子を比較した映像を見たことがある。チンパンジーの精子はまず数が圧倒的で、エネルギッシュに動き回っている。それと比べると、人間の精子は(愕然としたのだが…)チンパンジーよりもずいぶん少なく、動きもかなり弱々しかった。なぜか?チンパンジーは乱婚社会なのだそうだ。メスは複数のオスと繁殖をするので、異なるオスの精子たちがひとつの卵子を目指して胎内で苛烈な競争をする。その営みが、何万年も繰り返されてきた。一方人間は、相互扶助、法と道徳に守られて家族を作り、繁殖をする。強い精子も弱い精子も生き残るから、チンパンジーとは大きな差が出てしまう。精子の強弱が、個体の価値を決めるはずはないが、社会の枠組、法と道徳のもとで繁殖することで、人間が失っていくものもある。

インモラルには、法や道徳に縛られ文化や社会が弱体化したとき、それを蕩尽し、あるいはばらばらにして攪拌し、動物的(根源的)な力を再生させる力があると思っている。もちろん、社会が無政府状態になって、性的虐待や暴力が容認されてよいというのではない。要は価値と文化の問題だ。道徳という名の客観性に一撃を加えて、弱体化した想像力と主観を取り戻すこと。

一部の会田作品はインモラルであり、毒である。たしかに誤解を招きかねない表現はあるだろう。児童ポルノや性的暴力を思わせるものを描いているという見方も、完全には否定しない。しかし、グロテスクでインモラルな表現から伝わるのは、生命のカオスというべき「力」ではないのか。ジューサーにかけられ、暴力的に粉砕される少女たちの絵はまさにそれで、形を失ったエロスが蕩尽され、カオスに戻ることを象徴しているように思える。蕩尽されたエロスは再生し、おそらくは循環していく。会田作品には、エロスの再生と循環のための、「瞬発力」が描かれていないだろうか。チンパンジーの精子のような動物的エネルギーを、われわれの価値と文化に取り戻すこと。ニーチェがいうところの「力の意志」。想像力としてのインモラルを、殺すことは出来ない。

今回の抗議は、現実からの「夜討ち」のようなものだ。異議申し立てをした団体の抗議文を読むと、会田さんや主催者に疑問をぶつけて、丁寧に議論するという姿勢はまったく感じられない。まあ、抗議なんだから、しょうがないか。「森美術館問題」なんていうスローガンも出来上がっているし。会田さんと主催者は、抗議に対して、粘り強く向き合うことになると思う。森美術館が作家に断りなく作品を撤去することはないだろう。しかし会田さんは、犬ついて、ジューサーについて、スクール水着について、ひとつひとつ説明していくことになるのだろうか。

芸術とは美であり善であり、真でなければならない…と固く信じて疑わないモラリストからみれば、会田作品は許し難いものとして目に映る。聞く耳を持たない相手に、会田さんが言葉でひとつづつ反論し、関心を寄せる者たちも発言を寄せるのだろう。しかし議論は平行線をたどり、「それは芸術か?似て非なるものか?」というありがちの二元論へ突き進むことになる。想像力のインモラルと現実のインモラルは、どのような回路でつながっているのか?知りたいのはそこなのに残念だ。突破口は「作品」しかない。
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by ksksk312 | 2013-02-05 11:46 | 読書美術音楽、etc

佐世保→菊畑茂久馬回顧展、土地の波動

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お盆に一人で長崎に行ってきた。

3年ぶりのお墓参りと、県美術館の菊畑茂久馬回顧展である。佐世保から長崎行くには、ぼくの場合(クルマがないので)高速バスかJRの快速かどちらかということになる。景色を楽しみながら行くには大村湾に沿って走るJRがいいのだけど、最近はいつも混んでるのでなかな落ち着かない。高速バスのほうが(景色はひどいが)ゆったりできるので難しいところ。今回はJR。車内が混んでいて失敗したんだけど、トンネルを抜け、稲佐山が見えた時の開放感はいつもながら清々しいものがあって、何ともいえない気持ちになる。

長崎駅で叔父さんに拾ってもらい、お墓参り。日射しは強いけれど涼しくて過ごしやすい。霊園からの眺めは最高だった。きりっと光る橘湾の水平線と、逆光でぼんやりとかすむ雲仙のやまなみ。霊園の眼下には高速道路のインターチェンジがあってクルマの往来が見えるのだが、豆粒みたいに小さく、音は聴こえてこない。まるでジオラマである。お盆のせいなのか、海も山も神々しく見えて、幽体離脱をして風景を眺めているような気分になる。午後からは、これまた3年ぶりで(母の実家でもある)叔父さんの家へ。母方の先祖にお線香をあげ、古写真をみせてもらったりして過ごす。叔父さんの家は、チビの頃に何度も遊びに行ったので特別な場所である。家は新築されて、近所の風景も激変しているけれど、流れてくる空気感というか、波動のようなものはまったく変わっていない。もう、ほんとうに癒される。長崎はいいなあ、と心底おもう。

ぼくは長崎に生まれて、小学校の4年生のときに佐世保に越してきた。10才までの長崎は自分にとってよい時代だったとおもう。特別な経験をしたわけではないが、子どもなりの感覚で刷り込まれた記憶(眠れない夜に聞いた路面電車の音とか、当時アジア最大だった長崎水族館に着いた時の、海の匂いだとか)が鮮やかに残っていて、思い出すと、空にむかって天窓が開かれたようなのびのびとした気分になる。記憶のなかの映像や音が細分化されず全体性を保ち、生々しい情感がリズムを刻んでいる感じ。しかし、佐世保に移り住んでからの中学生、高校生時代になると、このような記憶はない。思春期のぼくにとって、長崎はいつか戻りたい町、ずっと住みたい町、しかし佐世保はいつか飛び出したい町。事実、人生で2度飛び出してしまった....。

叔父さんの家を出て、坂道を右に左にくだりながら、もし自分がこのまま長崎に住んでいたらどんな作品を描いていただろうか、とおもった。長崎に住みつづけていることで、苦労なく生活が出来たということはもちろんない。やはり思春期で躓いて、ネガティヴな気持ちで長崎を出たかも知れない(その可能性は大)。しかしながら、封印された長崎のよいイメージは、自分のリアルな記憶である。自分が感じている「長崎」からは、絵画で追求している猥雑でパンクなイメージ、自前ではなく借り物のコラージュ主体の表現、そういうものが出てくるような感じはしない。長崎と佐世保、記憶と身体の両方感じる「波動」を意識しつつ、そんなことをおもう。

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そして、長崎県美術館へ。
菊畑茂久馬回顧展『戦後/絵画』へ行った。

菊畑茂久馬さんは、1935年生まれの76才。福岡を拠点に活動しておられる作家。MOMAや東京都現代美術館にも収蔵があるし、有名な方なのであらためて書く必要はないかも知れないが、オノ・ヨーコや草間弥生、赤瀬川原平、荒川修作....など、戦後の「前衛」作家として一時代を築いた美術家のひとりである。1950年代の前衛作家集団「九州派」の主要な作家として活動をはじめ、日本の各地に同時多発した他の前衛作家集団と同様、読売アンデパンダン展に出品し頭角をあらわすようになった。今回の展覧会は、福岡市美術館と長崎県美術館の2館共同開催で、前衛時代の名作から80年代以降の巨大な絵画作品まで、菊畑さんのすべての仕事を俯瞰する大規模な展覧会になっている。

福岡市美術館での作品群はすばらしかった。前衛時代の代表作、巨大な立体作品である『奴隷系図(貨幣)』は、エネルギッシュで禍々しく迫力満点である。『ルーレット』のシリーズや平面の『奴隷系図』をまとまって見たのはたぶん初めて。そして、2007年の展覧会で見たあのオブジェ群に再会!ユーモアがあり、エロく、卑俗でもあり、なんというか....男の脳髄からぺろりと出て来たリビドー。そしてなにより、気の遠くなる手作業を通じて獲得されたであろう圧倒的な「もの」感。「ここまでガチンコでやってはじめて作家やぞ」とオブジェが語りかけているような。ぼくは完全に白旗だ。

長崎県美術館での展示は、前衛時代の作品もあるが、80年代から精力的に発表してこられた巨大な抽象絵画のシリーズをたっぷりと見ることができる。福岡の作品群だけでも満腹だったけれど、長崎での絵画群はとんでもないもので、福岡の展示は序章に過ぎなかったのではないか....という気すらしてしまう。

長崎での絵画群でとくに心を揺さぶられたのが『海、暖流・寒流』のシリーズだ。

高さ3メートルはあろうかという縦型のタブローが2点、まるでツインタワーのように並んでいる。どちらも美しいインディゴブルー一色に塗り尽くされているが、それぞれに暖流、寒流のイメージを喚起する色合いのマチエール(胡粉を混ぜた絵の具を固めて砕いたものを、塗り込んであるそうだ)が荒々しい波しぶきのようにうねっている。これには釘付けになった。ブルー一色の画面とマチエールの躍動が、水と大気とわだつみにそのままシンクロする。これはもはや絵画ではなくて、海そのもの、海流そのものではないのか?そこにあるべきはずの「絵画のイリュージョン」が少なくともぼくには見えない....おどろきだ。さらに画面からは、日本列島がみえた。菊畑さんが幼年時代を過ごした五島列島もみえた。海と海流の絶対的な豊かさ。運んできたのは、魚や鯨だけではなく、柳田国男が『海上の道』で書いたように人と神話でもあったろう。ニライカナイ→ミミラク→三井楽....。シンプルな画面に、海をめぐるさまざまな豊かさが、波しぶきのように打ち寄せてくる。

『月光』、『月宮』のシリーズもまた、実に魅力的だ。文学的なタイトルがつけれらているけれど、情緒的な月のイメージを一切排した斬新な作品になっている。灰色、もしくは淡い水色の大画面は徹底してマットであり、光沢がなく(ありがちな)月の光のイメージもまったくない。しかし、画面に立つと、これこそ「月光」だと....ねじ伏せられてしまう。光やイメージが放たれるのではないく、むしろ吸い取られていくような、負の画面。重量感はあるが決してメタリックにはならず、光の軽快さは保たれている。すごい絵画だ。

前衛時代、アスファルトを溶かすことから芸術を始め、一貫してモノと格闘し、陵辱と和合をくりかえしながら作品を拵えてきた菊畑さんの絵画には、視覚的な「描写/イリュージョン」よりもまず、「画材/物質」の存在感があふれている。「神に変わる確かな存在....もしあるとすれば物質じゃないか」とは菊畑さんの言葉である。ロスコやニューマンなど、抽象表現主義の画面が、静謐なイリュージョンで観想を誘う超越的な神であるとすれば、菊畑さんの絵画は(完成度の高い美しい画面だけれど)物質という肉体をもつ荒神であり、自然そのもののような印象だ。純度の高い抽象で独自の宇宙観、超越的な精神を表現しつつも、物質の存在感で、世界の実在、自然そのもの、われわれの歴史や記憶についても荒々しく問いかけている。(最新作の『春風』は軽快でやわらかいトーンだが、それでもマチエールのうねりは魅力的に残る)

それだけではない。

そもそも、菊畑さんの絵画には、美術の世界を反対側から引っているような力を感じる。80年代最初のシリーズである『天動説』というタイトルにあらわれているように、闘争心があるのだ。前衛の時代は終わっても、既存の権威や価値観へは闘いを挑みつづける、芸術家魂のようなもの。アクチュアルで、すごくカッコいい。

実は菊畑さんには、80年代に画壇に復帰するまで、10年以上、作品を発表しなかった時期がある。前述の通り、菊畑さんは東京で足がかりをつかみ、国際的な作家になるチャンスもありながら、あえて福岡を拠点とした活動を続ける。その間、菊畑さんの関心は、近代日本や戦後美術の負の歴史に向かったようで、山本作兵衛を師と仰いだり、戦後アメリカから返還された戦争画についての著作を発表していく。

菊畑さんの著作ではなく、別の文献(宮下規久朗『美術史ノワール』)で知ったのだけど、太平洋戦争中の日本において、軍部の要請で相当多くの画家が戦争画を描いていた。作品は毎年、聖戦美術展という展覧会で全国巡回し、200万人から300万人の日本人が見たという。これはとんでもない数字で、戦時中こそ、日本人が美術にもっとも親しんだ時代ということになる。しかし、現代の日本ではそういう歴史は「無かったこと」になっている。その結果として『サイパン島同胞臣節を完うす』など、フジタの傑作は抹殺されている。それが菊畑さんには許せない。

前衛の寵児たちがアメリカに渡り、国内の作家たちが万博に浮かれるなか、日本人が見て見ぬふりをしてすまそうとする足元の歴史を検証し、芸術家としての信義を貫こうとする姿勢。まさに前衛だ、とおもう。オノ・ヨーコや草間弥生、荒川修作など、芸術的闘争の果てに成功と名声を勝ち取り、成熟した作家たちにたいして、菊畑さんが異議申し立てをしたわけではない。しかし、安易にコスモポリタンであることを拒否し、土着でありつづけることで、欧米を拠点とする作家たちに出来なかった仕事を残すことが出来た。

福岡と長崎の両方で見ることが出来る『天河』のシリーズ。

漆黒の大画面に無数にふりそそぐ朱色の雨。幼少時にみた満天の星空と、福岡大空襲で降りそそいだ焼夷弾の雨、亡き母上の記憶が、反映されてるというが、まさにそのようなものとして目に映る。純度の高い抽象ではあるけれど、モダンアートの文脈だけでは語り尽くせない情念。これは菊畑さんの『サイパン島同胞臣節を完うす』ではないのか。これは土着であることを選び、足元から目を離さなかった菊畑さんだけに描けた傑作なのだろう。『天河』に向き合うと、われわれは小さく虚しい存在だが、その世界は無限に広く、深淵であることに気づかされる。それぞれの人生に、人間の歴史のどれほどのことが起ころうと、世界はやはりひとつしかないのだ。ここで生きて、自分なりの光を点していくしかない。そんな声を、絵画から聞いたような気がする。九州、すごいじゃないか。

菊畑さんは、作品も、生き方もアクチュアルだ。トークショウやドキュメンタリーの上映会に行けなかったのは残念だったけれど、作品をじっくり見て、図録のインタビューも読み、ものすごいエネルギーをいただいた。今回の展覧会で得たものは、自分が九州に生まれ、生きていることの重み、それに尽きる。また、正直、中身についてよく知らなかった九州派の基本知識を得ることが出来たのも収穫だった。労働運動や保守的な団体展も巻き込んだ九州派の雑食性は、福岡のアートシーンを盛り上げたいと真剣におもっている人には、よいヒントになるとおもう。

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長崎駅からふたたびJRに乗り、佐世保へ帰る。

菊畑さんの作品群、長崎の街並や海と稲佐山の風景、そういうものが熱いマグマのようになって、これで影響を受けなかったら人間じゃないな、みたいな感慨を抱きつつ車中をやり過ごす。ディーゼルカーが佐世保駅に着いたとき、(自分なりに予想はしていたが)ホームから見える佐世保の風景はすっかり変わって見えた。

ひと言でいうと、此処が日本列島の西の端であることを思い知らされる、言葉を失うほどの辺境感である。ホームからは佐世保湾と、取り囲む家並みが見渡せる。地理的な特徴は長崎とあまり変わらないのに、風景が放つ「波動」がぜんぜん違う。空気は弛緩しきってエネルギーがなく、海にも生命感がない。観光客や若い修学旅行生を集め、異人の活気にあふれる長崎に対して、ここは自衛隊とアメリカ軍に依存した街。さびれていて、重苦しいのだ。

しかし、その辺境感にも想像力はあり、自分に刺激をあたえてくれる。

おもうに、佐世保に漂う空気感は、フィクションや文学的なエモーションを生み出す土壌がある。事実、何人かの小説家を輩出した。村上龍、佐藤正午、白石一郎....。そして、なにより『全身小説家』の井上光晴。原一男の映画で、捉えられた井上さんの実像はすさまじかった。平然と女性に嘘をつき、完全に作り話だった「生い立ち」をカメラの前で訥々と語り、真実を隠したままガンで倒れる。この徹底した虚構性は、想像力の文脈でいうとまさに佐世保的....この土地に住む人間として、そのあたりは直感的にわかる。ぼく自身の制作の柱であるコラージュも、借り物のイメージでフィクションを拵えることではある。作品に求めている辺境感、猥雑さ、古臭さ....自分の好みとの類縁性を感じてしまうし、自分がやっていることは「佐世保」だったんだと、「佐世保」でいいんだと、土地と自分との間に新しいイメージを持ち始めているところだ。

長崎と佐世保、それぞれの土地の波動が、自分のなかでリズムを刻んでいる。「佐世保」で行き詰まったら、「長崎」に還ればよいのだ。気に入ったものはなんでも飽食してよい。借り物や虚構であっても、よい。あとは、自分がいちばん解放される記憶や情感の波動を意識すること。画面のなかで歌うのだ(地声でよい)。自分なりの、想像力のサイクルを見つけたような気がする....。
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by ksksk312 | 2011-08-29 01:28 | 読書美術音楽、etc

アイ・ウェイウェイ氏、拘束。

中国の現代美術家、アイ・ウェイウェイ(艾未未)が当局に拘束されているらしい。
震災にひきつづき、がつんとやられました。ショックです。

アイ・ウェイウェイというと、2009年に森美術館でおこなわれた大規模な回顧展を思い出す。そのとき、ぼくは東京にいて、Chim↑Pomの個展に行こうか森美術館に行こうか、迷った末にChim↑Pom(無人島プロダクションでのやつ)に行ってしまい....笑、貴重な展覧会を見逃してしまったのだった。手元に作品集もないので、あまり正確なことはいえないけれど、アイ・ウェイウェイは、ほんとうに面白い作品を作っている。ネオ・ダダ的なアイロニーと、精緻な伝統技術の融合、なにより発想が斬新で、圧倒的なスケールなのに威圧感がなく、ポップだと思う。そして、現体制や社会の不条理へのアクチュアルな言動。北京オリンピックでの「鳥の巣」からのエスケープと、アートと政治を巡ってのツァイ・グオチャン(蔡國強)との論争は記憶に新しいが、自分自身も田川の件で悪戦苦闘していたころ、作家の正義感の強さには励まされるところ大きかった。ゆえに、憤りと残念な気持ちでいっぱいです。

今回の拘束は、作品や制作活動というよりも、ネット上での言論活動が問題になったと聞いている。しかし、この問題をアートと切り離して考えるべきではないと思う。作品の表現内容に体制批判、社会批判があれば、やはりおなじように容赦なく拘束されたにちがいない。著しい経済成長によって、北京や上海には著名な建築家による美しい構造物が建ち並び、美術家にとってはおいしいマーケットがある。しかしその一方で、天安門事件のころからまったく変わらず、検閲や理不尽な作家の拘束がまかり通っている中国。この落差にはいつもおどろかされている。

ようするに、中国はしたたかなのだと思う。グローバル化がすすみ、世界に対して国の豊かさや「自由な精神」をアピールするのに、斬新な現代建築や現代美術が有効だと、権力者はほんとうによく知っている。芸術家にとっても、アクチュアルな言動さえしなければ、やりたいことを自由にやれて、利益も大きい。プロジェクトに立ち退きや通行規制が必要なら、当局がやってくれる。建築家や美術家にとって、中国はおいしい国である。かつて国内向けのプロパガンダであった毛沢東や周恩来の図像が、海外向けに現代建築や現代美術にとって変わっただけ、といったら言い過ぎだろうか?

民主的とはいいがたい国ゆえに、芸術家たちも一枚岩ではない。見切りをつけて国外にエスケープした作家も多いし、反対にツァイ・グオチャンのように、当局からの依頼を積極的に受ける作家もいる。ツァイ・グオチャンは国際的に有名な作家なので、アートの力で高圧的な国の体質を変え、表現の裁量を広げようとする意図があるのかもしれない。だとすれば、それはひとつ戦略だ。しかし、以前の日記(2月8日)にも書いたけれど、彼は台北でのカウントダウンイベントの不成功を民主主義のせいにしている。すごく好きな作家なのだけど、いまの彼は(一義的には)誰のために作品を作っているのか、疑問に思う。アイ・ウェイウェイと同じく彼は文革世代だが、「大切なもの」をどこか置き去りにしているのではなかろうか。

国家に直接的、間接的に利益をもたらす(もしくは無害な)芸術家だけが活動をゆるされる。そうでない場合は検閲を受け入れるしかなく、拒否すれば制限されてしまう。国や企業が芸術家と仕事をすることを否定するものではないが、意に添わないものを排除するのはフェアではない。おいしいマーケットがあり、短期間で大規模なプロジェクトを実現させる体制がある中国には、世界じゅうからすぐれた芸術が「集まる」。しかし、こういう不自然な社会の中で、国内から新しい芸術が「育つ」のはむずかしいと思う。たとえ美術史に一撃を加えるような鉄砲玉が出て来ても、そのたびに国外に流失してしまうだけではないのか。

アイ・ウェイウェイ氏の、一刻も早い解放を望みます。

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by ksksk312 | 2011-04-18 22:17 | 読書美術音楽、etc

民主主義だからトラブルは起こる

すでにご存知のかたも多いと思うけれど、残念なニュースがはいってきた。

渋谷の西武百貨店、「美術画廊」で開催されていた展覧会の突然の中止である。「SHIBU Culture〜デパートdeサブカル」というサブカル系の若い作家たちの作品をあつめた展覧会で、「百貨店にふさわしくない作品がある」という来場者からの苦情が中止の理由らしい。下半身を露出した少女のフィギュアとか、そういう作品があったということだけど、展示された作品は画廊スタッフの見識でセレクトされ、チェックを受けて展示されたはずで、それにもかかわらず来場者の「苦情」を受け入れて展覧会が中止になるとは信じ難い。強い憤りを感じる以前に、情けなくなってくる。

どうしてまた、来場者の「苦情」程度で展覧会が中止に追い込まれるのか。

百貨店の美術画廊という場をかんがえれば、ひょっとするとそういうことも起こりえるかも知れない、とは思う。百貨店は、ホテルと同じで顧客をとても大切にする。顧客の発言力は絶大で、もし画廊の顧客が「あの作品は何だ。お前のところではもう買い物はしない」などと言われれば、大きな圧力になるだろう。まあ、推察に過ぎないのだけれど、一般の来場者の苦情で展覧会が中止になるとは、ちょっと考えにくい。百貨店の力学だといわれればそれまでである。会期をわずか4日残しての中止なので、企画したスタッフが頑張ってぎりぎり引っぱったのかもしれないが、作家たちが声を上げにくい微妙な時期での中止ともいえる。ただ、問題のあった作品だけを撤去する選択をしなかったのは悪くなかった(一人だけスポイルされた者の悔しさは経験したものでないとわからない)。しかしながら、作家に意見を聴くことなく一方的に展覧会が中止になるという、悪い前例がまた作られてしまったのである。残念としかいいようが無い。

表現の拡張は今後も進み、発表の場も美術館やアートスペースから街中に広がることをかんがえれば、トラブルはこれからも起こる。記憶に新しいところでも、広島上空での「ピカッ」(Chim↑Pom)、神戸ファッション美術館での「バッタもん」(岡本光博)、沖縄の県立美術館での「天皇のコラージュ」(大浦信行)など、頻繁に起こっている。それは美術の世の中でのあり方をかんがえる契機になることもあるし、全面的に否定できるものではないと思っている。ただ、トラブル回避のために、作家も企画者もある種の根回しをかんがえるならば、展覧会はつまらなくなり、鑑賞者を裏切るものとなるだろう。

表現のやり方に対してさまざまな見解はあると思うが、われわれは日本という国で、まずは好きなものを自由に制作出来て、発表出来る環境にある。しかし、当然のことながら「自由」は作家だけに保証されているものではない。しばしば「効率の悪い」現実とぶつかることがある。芸術的な議論以前に、しょうもない理由にただ脱力....という場合もあろうかと思う。また仮に議論する値する問題が起きたとしても、(本音をいえば)作家はあまり作品を言葉で説明したくはないものだ。トラブルが長期化すれば、ただのイデオロギー対立のようになって、作品も鑑賞者も置き去りになってしまう。それもどうかなあと思う。

しかし....。あまりに理不尽でもはや脱力するしかないという通告を受けても、あるいはむずかしい問題を孕んでいて、イデオロギー対立に陥る危険があっても、作家にはトラブルと向き合い、解決する努力をしてほしいと思う。なぜなら、悪い前例ばかりふえては困るからだ。作家が最後まで展示をつらぬくとか、見識のない美術スタッフ(作家の場合もあろう)にきちんと頭を下げさせて対応させるとか、そういうポジティヴな前例がふえていかないといけない。悪い前例ばかりが積み重ねられて、ボーダーぎりぎりの表現をこころみている作家や企画者が萎縮してしまう、そういう状況が蔓延しては困ると思うが、どうだろう。

話はすこしそれるけれど、先週金曜日の朝日新聞の「記者有論」というコラムに、台湾での蔡国強のパフォーマンスのことが載っていて、興味深く読んだ。蔡さんは台北の新年のカウントダウンのイベントを依頼され、超高層ビル「台北101」を螺旋状に(竜が天に昇るように)花火が炸裂していく作品を用意していた。しかし、さまざまなトラブル(予定していた11万発の花火が、安全確保など行政手続きの遅れで準備出来なかった)からイメージ通りの作品ができず、市民から「竜がミミズになった」と揶揄されたのだという。作家の言い分はこうだ。「台湾は民主国家だからいろいろと問題が出てくる」、「北京五輪では、江西省からずっと赤信号はなく、(花火を)パトカーが先導してくれた」。北京五輪の「鳥の巣」で著名な建築家ジャック・ヘルツォークも似たようなことを言っているらしい。「スイスの民主政治は建築の邪魔をする。(鳥の巣は)中国だから実現できた」と....。蔡国強作品の失敗を招いた行政効率の悪さについては、台北市は市民の安全確保が第一と反論する。しかし(当局に文句を言わせない)非民主的な国家でインフラや都市計画が順調に進み、発展しているという現実。中国に民主化を呼びかけながらも、果たしてそれだけでよいのか、台湾は不安を感じている、と記事は結ぶ。

一見すると、芸術活動にとって、(われわれの国ような)民主主義は居心地が悪いようにみえる。実際、日本をはなれて北京で大プロジェクトを手がける若手建築家がいるし、絵を売るなら上海、と野心をもつ作家はごまんといるだろう。しかし、いくら居心地がいいからといっても、蔡国強やジャック・ヘルツォークの言葉には違和感を持ってしまう。北京五輪の花火にみとれてしまった自分が言うのも変なんだけど、あれは体制から見ればプロパガンダでしかない。「鳥の巣」もすばらしい建築物だが、デザインの斬新さゆえ、やはりプロパガンダである。体制と渡りあってやりたいことをやる、それもしたたかな芸術家の生き方かも知れない。しかし、たとえばクリストなら中国で作品は作らないだろう、と思う。「効率の悪さ」と向き合って作品を作ることは、(若い作家には理解出来ないかもしれないが)立派な見識である。クリストのプロジェクトが常にそうであるように、作品はいったい誰のものなのか、何を伝えたいのか、どのようにして届ければよいのか、真剣にかんがえる機会になるからである。

話が大きくなってしまったが、とにかくこの国ではどうしようもないトラブルが起こってきたし、これからも起こる。でも、(繰り返しになるけれど)脱力せずすこしでもポジティヴな前例が導き出せるよう、作家は努力すべきだと思う。クリエイティヴで、ポジティヴな発表のかたちを創造するのだ。ひとつひとつのケースでかんがえる機会になればと願う。
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by ksksk312 | 2011-02-08 01:00 | 読書美術音楽、etc

東京32時間滞在記(その2)

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東京滞在記2日目です。

まず、ホテルをチェックアウトしてから渋谷へ。
森美術館に行ってみようかとも思ったけど、待ち合わせに遅刻しそうな気がして断念。動き回るに不安ない場所をぶらぶらすることにする。パルコもロフトもシネマライズも昔のままだったが、ジャンジャンが無くなっていた....。移転したの?

午前中であまり客のいないタワーや洋書ロゴスをのぞいて、東急文化村のギャラリーへ行き、「REAL OSAKA」という展覧会を見る。サイトにはもっともらしい文言が並んでいるが、ようするに関西のギャラリーが、若手作家を(1ギャラリーにつき1人ずつ)セレクトして東京に紹介する企画展である。セレクトされた12名の作家のなかには宮崎の小松英孝さんもいて、彼の作品を初めて見ることが出来た。

感想は....どの作家も力作で、時間を忘れて作品を堪能したと思う。ただ、どれもいかにも日本の現代美術という感じで、ステレオタイプとまではいわないが、ほんとにこれでいいの、という気がしないでもない。(お金があれば)欲しいと思う作品だってあったんだけど、作品の(文化的な)文脈はおおむね想像の範囲内で、新しいモノを見たというおどろきは無かった。それと展覧会のプレスリリース、「大阪アンダーグランドアートの底力」って....これは何やねん。これはファインアートやろ、メインストリームやろ。アングラやないちゅうねん。「具体」に触れるくらいなら堀尾貞治を持って来んかい。と、1人乱心して会場を後にする。....。

高円寺へ移動。
中野で東西線の車両を見つけて涙が出そうになるが、こらえる。

南口でEI坊と合流。

無人島プロダクションへ行き、Chim↑Pomの「Fujiyama Geisha JAPAnEse!!」という展覧会を見る。 Chim↑Pomのことは、昨年の広島での騒動で初めて知ったのだけど、マンガのようなことをする連中だなあという感想を持った。やっていることがマンガのようだといいたいのではない。普通ならマンガに逃げてしまうようなアイデアを、地雷を踏むリスクも厭わず現実のなかに投げ込んでいるのではないか、ということである。広島での行為はひどいと思う。だが、自分自身が「マンガ」になって、世の中に「作品を描いてみせる」ようなことをしているのは、彼らの他にはいないのかも知れない。 Chim↑Pom の作品から、ぼくはテレビのお笑いを連想してしまう。ちょっと古いけど「進ぬ!電波少年」....みたいな。放送作家的才能が、現代美術の世界で暴れている、という印象だ。

で、「Fujiyama Geisha JAPAnEse!!」なんだけど、外国人がイメージするステレオタイプな「日本」、スシ、スモー、ニンジャ、フジヤマ....etc、を Chim↑Pom流に解釈して(笑い飛ばして?)作品化する試みのようである。身体を張ったイベントを仕掛け、その記録や副産物を作品に落とし込む方法は今回も同じで、映像やら平面、立体、パフォーマンス、いろいろあった。

まずギャラリーに展示してある作品については、残念ながらわからん、と思った。

トラックのハッチに描かれたデコトラ風女性メンバーの肖像、回転寿しで(一週間食われずに回され)からからに干からびたエビ(イクラだったかな?)、ナメクジが這うように板に貼付けられた寿司の模造細工。....ちょっとベタじゃないかい? あと、Chim↑Pom序列最下位(らしい)のメンバーが、女子大生のピラミッドに乗りばか殿を演じている写真。ううむ....笑えない。これはぜったいにすべってる。すべっているぞ。頭をフル回転させて作品と向き合うも、バカボンのパパではないが「これでいいのだ」という声が聞こえてきた(ような気がした)だけである。

だけど、パフォーマンスは面白かった。
(展覧会は終了しているのでご紹介)

ギャラリーに30センチ四方くらいの小さな小窓があり、スタッフの方から「ニンジャが瞬間移動やってます〜」との説明を受ける。小窓の下にサンプルらしき写真があって、見ると忍者コスチュームの男が、高円寺駅のガード下にはり付いている。どういう作品なのか、さっぱりわからないまま窓の外を眺めていると、正面のビル、給水タンクのてっぺんで、ニンジャ男が腰に手をあてて立っているのを発見....わはは。最初はフィギュアかと思ったが、こっちに向かって手を振ってくる。....人なのね。すごいです、身体はってます....笑。スタッフの合図でタイミングよく出てくるんだろうけど、真夏の炎天下、ずっとこれをやっていたのでしょうか。座布団3枚、と思う。

Chim↑Pomはほんとにリスキーな作品をつくっている。しかし決してシリアスにはならず、最終的に確信犯的ないかがわしさで逃げを打つところがあり、フットワークが軽い。リスキーさとフットワークの軽さ、著名なギャラリーが積極的に絡むはそのあたりに理由があるのだろうか。アートだから何をやっても許される(作品になる)というわけではないけれど、彼らには Chim↑Pom としてブレずに生き残ってほしいと思う。

ちなみに無人島プロダクション、雑居ビルの最上階で入るのに気合いがいりましたけど、スタッフの接客がとてもていねいでした。挨拶もちゃんとしてくれたし(何もしないギャラリーが多い。おかしいと思う)気持ちのいい空間でした。

都営新宿線で曙橋へ。
AISHO MIURA ARTSというギャラリーへ行く。

ここはかっこいい空間のギャラリーだった。2階建ての民家をそのままギャラリーにしてるんだけど、壁を真っ白にペイントしただけであまり手を加えていない。2階のレンタルスペースは住居空間の間取りが残っていて、オルタナティヴ感が抜群です。天井が低いので大きな作品には向いてないのかも知れないけど、コラージュやドローイングにはすばらしい空間だと思う。

一階がAISHO MIURA ARTSのスペースで、菊池良博さんという作家のコラージュ作品の展示。ネットで見てぜったいに行こう!と思った展覧会だったんだけど、期待通りでした。茶室のような狭い空間に、おそらく数百点のコラージュ作品が壁面を埋め尽くされている。一点一点に訴求力があり、ていねいに鑑賞することを見るものに要求してくる。真ん中にも、和式便器を使った立体作品があった。作品は排泄物であるという暗喩にもみえるが、トイレにしては広すぎ、ギャラリーにしては狭い微妙な空間を挑発する力になっていたと思う。訪問したときは作家不在、スタッフ不在の無人だったが、九州から見に来た甲斐はあった。

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ギャラリーを出て、近くの珈琲屋へ入る。
EI坊と、会いに来てくれた東京の友人WAMO君と3人でオヤジトーク。

東京は意外と変わっていなかった。新しいビルが建っていたり、SUICA専用の改札があったり、目についたのはその程度で、人の流れも、近景も中景も遠景も、東京のままだったと思う。3人とも、顔をあわせるのは10年ぶりだったわけだけど、同窓会的なノリではなく、ごく普通の世間話や音楽の話をだらだらつづけられたのが気持ちよかった。次に顔を揃えられるのはいつになるかわからないのに、特別な感じがまったくしない。あっというまにタイムリミットがきた。

曙橋でEI坊、WAMO君と別れ、ホテルへ戻る。
荷物をピックアップして羽田へ。飛行機に乗った。

楽しい東京の旅でした。滞在時間が僅か32時間であったのが信じられないです。いちばんの収穫は、自分の視野が広がったこと。言葉にすると逃げてしまいそうなのであえて封印するが、東京に来たことで、自分の前に立ちふさがっていた気持ちの「壁」がひとつ、間違いなく消滅したと思う。自分の作家マインドに自信を持って、日々の制作を大切にしていきたい。このまま行こう。
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by ksksk312 | 2009-08-17 17:47 | 読書美術音楽、etc

東京32時間滞在記(その1)

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先週の金曜日から土曜日にかけて東京に行ってきました。
10年ぶりでした。

上京の目的は、12月に代官山ヒルサイドフォーラムで開かれる若手作家のグループ展に参加する事になり、会場の下見と打ち合わせ。あと、芸能山城組のフリーコンサート、新宿ケチャ祭りを見物する事。ほとんど遊びみたいな目的で東京に行くんだけど、緊張してました。 絵描きとして活動を始めて最初の東京行きだったからかな....と思います。

まず、長崎からの移動は当然ながら飛行機。
東京に行くのも10年ぶりなら飛行機に搭乗するのも10年ぶりで、正直怖かった。機材が古いのかシートピッチがかなり狭く(高速バスよりも狭い)、それだけで閉所恐怖症である。滑走路を暴走しはじめたときには「止まれ!浮いてしまうやんか!」と叫び出したくなる。もちろん無情にも浮き上がってしまい、あとはあらぬ想像をしまくって疲れた。ほんとは陸路がいいんだけど、新幹線に乗っても7時間、運賃も高い。飛行機に慣れるしかないですね。

羽田には無事に到着。ホテルに荷物を預けてから渋谷へ。グループ展の主宰者、Kさんとハチ公前で待ち合わせ。近くの珈琲屋に入って情報交換をする。作品も展示もほぼ白紙なので、こっちから話す事はあまりなくて、Kさんのプロフィールや、プロジェクトの立ち上げから今後の目標、グループ展の進み具合などについて説明を受ける。作家として少しでも自立していくためには、やはり東京での活動は不可欠になる。Kさんとの出会いはその第一歩となった。とにかく12月まで、制作に集中だ。

Kさんと別れてから、増田智己さんと合流。初対面、東京に出たからにはまず会っておきたいひと。感激しつつ、ぽつりぽつり言葉を交わしつつ、代官山方面へてくてく歩く。ミンミンゼミがにぎやかに鳴いているのを聴くと、ここが東国であることをしみじみ感じる。九州だとクマゼミですから....。サウンドスケープが違うのです。

最初の目的地、ミームマシンギャラリーに到着。早川モトヒロさんと、お仲間のグループ展「Parallel World '09」を見る。明るくてポップで、とにかくパラダイスな気分になる。早川さんの作品はポップそのもの。キャラは恐いけど楽しい。竹原由記さんの作品は、短時間で描いたのか長い時間をかけているのかわからないが、とにかくいい。いい絵を見て、自分もいい絵を描きたいと思う、そういう気持ちにさせてくれた展覧会。ギャラリーの居心地自体もよくて、ポスカやTシャツなどのセンスもいい。「東京すごいね....」と少し落ち込むと、増田さんが「志久さんもいいですよ〜」とぽつり。....立ち直る(←単細胞)。

さらに山登りをつづけて、ヒルサイドフォーラムに到着。
まずカフェにはいって、増田さんと話し込む。

増田さんとぼくは、絵を描きはじめた時期はほぼ同じだと思うんだけど、企画ギャラリーでの個展やグループ展をすでに経験していて、「絵描きマインド」みたいなものがしっかりしてるなあ、との印象を持った。いろいろ話をしたんだけど、どうしてもっと積極的に絵を売ろうとしないのか、というメッセージをもらったと思う。絵を売るチャンネルのこととか、気持ちの持ち方とか、もっとどん欲になっていいんだろうな。あと、増田さんは作品を持ってきてくださっていてうれしくなる。体調が思わしくないのに会いにきていただき、ありがとうございました。

その後、ギャラリーの下見。

増田さんとは新宿駅で別れて、ケチャ祭りへと向かう。南口を出て、なんとなくアルタが見たくなって東口に移動したのが失敗で、西武新宿駅手前のガード下を迂回するハメに。コクーンタワーに見とれているうちに方向感覚を完全に喪失....♪。焦りまくり。旧友EI坊と、お会いする予定のMさんに携帯で泣きつき、誘導してもらいかろうじて55広場にたどり着く。

新宿ケチャ祭りは、楽しかったです〜。

午後は蒸し暑い東京でしたが、陽が落ちると涼しい風が超高層ビルの谷間を吹き抜ける。曇り空でじめじめした感じではあるけれど、こういうのもモンスーンっぽくていい。広場にはヒンズー寺院風の舞台が仮設されていて、バリの一部が東京にタイムスリップしたようにすらみえる。EI坊はバリのビールを飲みながら、ぼくは珈琲を啜りながら、2時間のパフォーマンスを楽しみました。

ガムランの合奏と舞踏(レゴン・ダンス)は、20代の頃、九州のコンサートホールで見て以来だった。その時の、正面から音圧に撃たれるような感じではなく、今回は(野外のせいか)まろやかで響きに包み込まれるような印象だった。肚の奥までガムランの心地よい振動で揺られ、細胞と細胞のつながりがリセットされていくような感じ。

レゴン・ダンスは、知識に乏しいのでよくわからないが美しい姉妹の愛憎劇になっていて、物語の後半では嫉妬に狂った姉か妹かが化け物となり「物狂い」を始める。まさに圧巻。見いっていると、突然背後からバシッ!と電球が破裂するようなラップ音がした。すわ、超常現象かあ?!とおどろいたが、振り返るとこなごなに砕けたビール瓶。後ろに坐っていたお客さんが落として割ったんだけど、一瞬、まじで『アキラ』の再現かと思いました。

その後、ケチャが始まる。

半裸の男たちが両手を上げ、激しく揺り動かしながら登場。ここで感動したのは、男たちの深い深呼吸の合唱である。す〜っ、ふ〜っ、という呼吸音が波のように打ち寄せてきて、これには参った。なんという始源の響き....。意識が飛び、細胞分裂が停止する。母親の胎内で受精卵が聴いている音楽。というと大袈裟かもしれないが、ほんとにそんなイメージだ。その後、おなじみの強烈な16ビートの大合唱がえんえんと続く。すばらしいアンサンブルだったが、正直、偉大なデヴィッド・リュイストンのレコードで聴いたような衝撃はない。音量もそこそこで、ビールを飲みながらヒンズーの神話世界を楽しめればいいという感じだろうか。劇中に神話のナレーションが流れるんだけど、すべて日本語。独特の抑揚で、デヴィット・ボウイの古い歌(シルエットや影が革命を見ている〜♪....もう天国への自由の階段は無い〜♪....知っているひと、いるかな?)を思い出した....笑。

バリというのは神の国なんだな。と、深く思う。

バリ島の芸能は、神社の奉納神楽のように、ヒンズーの神々の物語を再現しているわけなんだけど、とにかく信仰心が篤く、年中お祭りをしているようだ。暦の中に神話の物語、時間が刷り込まれていて、日々の生活を生きながら、神の世界を同時に生きているんだと思う。なんという広い世界観だろう。中沢新一の芸術人類学とともに、バリの芸能、アボリジニや縄文の文化にはとても興味がある。芸能山城組のパフォーマンスはその理想的な具現化だと思うので、今後も追いかけたいなあと思う。来年もケチャ祭り、行きたいな!

(2日目につづく)

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by ksksk312 | 2009-08-08 15:32 | 読書美術音楽、etc

ベネズエラの冒険

図書館に行くたびに、気になるCDがあった。ベートーヴェンの交響曲第5番と7番のCDで、指揮者はグスターボ・ドゥダメルという録音当時25才のベネズエラ人である。ライナーノーツに曰く。

「ダニエル・ハーディングと並ぶ才能!」クラウディオ・アバド
「今まで遭遇した中で、もっとも驚くべき才能を持つ指揮者だ」サイモン・ラトル
「これほどエキサイティングな7番を聞いたのは何年かぶりだ」ダニエル・バレンボイム

すごい。最大級の賛辞。それでもいまいち触手が伸びなかったのは、オケがベネズエラのユース・オーケストラだったからである。うーん、オケがウイーンフィルかロンドン響なら聴いてみたいんだけど。ベネズエラの学生オーケストラじゃね....。というか、どうして南米のユース・オーケストラがグラモフォンからアルバムを出せた?アバドかラトルが音頭をとった企画もののCDかな、と勝手に思っていた。

ところが。先月末のNHKの芸術劇場で、このドゥダメルとベネズエラのユース・オーケストラ(シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ。以下、SBYOVと表記)の来日公演がたっぷり1時間半、オンエアされたので見た。....頭が真っ白になってしまう。いやあああ、すごいや。ブラウン管の中で演奏しているのは、褐色の肌の少年少女たちなんだけど....。こいつらいったい何者や。翌日、図書館でベートーヴェンのCDを借りて聴いた。いいよこれ....。型破りの訴求力。打ちのめされる。

CDのライナーノーツや新聞記事で知ったのだけど、ベネズエラには、世界で最も成功したクラシック音楽の教育システム「エル・システマ」というものがあるらしい。以下、朝日新聞の記事から。

首都カラカスの中心部。スラム地区に隣接するサンアウグスティン地区になる音楽学校「ヌクレオ(核)」を訪ねた。全国には、活動の「核」が約190カ所あり、現在約30万人の子どもたちがクラシック音楽を学んでいる。....「エル・システマ」は、貧富の差が激しいベネズエラで貧しい子らも演奏を学べるようにと音楽家で元文化相のホセ・アントニオ・アヴレウ博士らが提唱。国を挙げた取り組みが75年から始まった。現在、青少年オーケストラは全国に約150、児童オーケストラも70あるという。....通う子ども半分はスラムに住む。ふだん手にできない楽器を無料で借りられ、個人指導も受けられる。(09年2月7日付)

人口2500万の途上国にユース・オーケストラが150である。サッカーチームの数ではない。そのような取り組みが30年以上も続いていたのだ。ドゥダメルのような人材を出しても不思議はない。ちなみに前述のSBYOVは全国のユース・オーケストラからの選抜メンバーで構成されているという。ベネズエラといえば反米主義の産油国くらいのイメージしかなかったのだが....たまげた。

ここでいちばん肝要なことは、「エル・システマ」は才能を発掘しエリートを育てることを目的にしているのではない、ということ。貧しい子どもたちにも高度な芸術に触れるチャンスを与え、心を育てることに主眼がおかれている。現実に「エル・システマ」は犯罪に巻き込まれたり、自身が犯罪に手を染めてしまった子どもたちを更正させるシステムとして有効に機能しているらしい。自分も親も無価値だと思い込んでいるスラムの子どもにとって、ヴァイオリンを覚え、楽譜が読めるようになり、オーケストラの「一員」として演奏に参加出来ることが、どれほどの自信と希望を与えることになるのか....。想像するに余りある。

「エル・システマ」の事例から、ぼくはふたつのことを覚えておきたいと思った。

ひとつは、やるなら徹底的にやれ、ということ。ベネズエラは南米である。サンバやマンボのラテンの国である。そんな土地柄にクラシック音楽というのは、常識的には違和感がある。日本の西の端にオランダの街並を再現するようなものである(どこだ?)。けれど、それを正しいと信じた人がいて、国がバッアップし、30年以上も続けた。それでこの成果である。

もうひとつは、お金持ちで教育水準が高い国ほど優秀で、国民も幸福であるとは一概にいえない、ということ(当たり前の話だが、あらためて思う)。日本には、ベネズエラよりはるかに多いユース・オーケストラ、アマチュア・オーケストラがあるはずだが、高いレベルの音楽教育を受けるチャンスはずっと少ない。音楽(美術も同じ)にはお金がかかるし、チャンスは選抜(あるいは発見)された才能に与えるべきもの、と日本人みんなが思っている。しかし、まずは「誰にも平等にチャンスを与える」、そう信じた国から、最長で一世紀の歴史がある日本のオケが蹴っ飛ばされるような音が出てくるという事実。そもそも義務教育ってなんだ。教育って、義務というより権利なんじゃないの?

最後に、ドゥダメルとSBYOVの感想を。

彼らはとってもハードな演奏をする。宮沢賢治ではないが、ピークに達すると「インドの虎狩り」のような熱い演奏になる。「恋する男子中学生」と表現した方もいる。けれど、単に血気盛んなだけの直情的な演奏ではない。ドゥダメルは現在28才だが、ベートーヴェン・チクルス(交響曲全曲演奏)をすでに6回経験しているという。28才で6回である。わはは(笑いが止まらん)。なりふり構わず棒を振り回す指揮者のはずがない。

とくに心惹かれたのが、テレビで見た「ダフニスとクロエ」の第1曲、CDで聴いたベートーヴェンの第7番の第2楽章など静かな楽想のところで、いままで聞いたことのない不思議な歌を聴かせてくれたと思う。歴史的な指揮者のカンタービレとはぜんぜん異なる世界で、なんというか....言葉が出ないんだけど、明るい瑞々しい響きのなかに深い退廃を感じる瞬間もあり、実に....生々しい。ラベルやベートーヴェンがどうのこうのというのではなく、若い演奏家たちの心を通じて、人間という存在の深さと可能性が聴こえるような気がした。

そして、アンコールの2曲!! バーンスタインの「ウエストサイド・ストーリー」では、団員が楽器を(のだめオケのように)ぶんぶん振り回したり、大声でシャウトしたりする。南米の作曲家のバレエ曲では、指揮者も団員も定位置から離れて踊りまくりのカーニヴァル状態である。いやはや、楽しい。クラシック音楽というのは、ヨーロッパの市民社会が育てあげた啓蒙主義に貫かれているといっていいと思う。演奏者と聴衆がきっちりと分けられ、演奏も指揮者やソリストの厳格なコントロールの下におかれる。しかし、ドゥダメルと若い団員たちは、啓蒙主義を無意識のうちにばらばらにしてみせる。ジョン・ケージやスティーヴ・ライヒがシリアスな文脈で試みたことを、熱狂とエンタテイメンメントの渦中でやってしまったのではないか。はっきりいって、とても興奮した。

がんばれ、ドゥダメル。そしてSBYOV。
ベートーヴェン、チャイコフスキー、ラベル。なんでもいい、好きなようにやれ。

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by ksksk312 | 2009-03-08 21:22 | 読書美術音楽、etc

3つの展覧会

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先週の11日から12日にかけて、福岡に行ってきました。
古いネタですが、3つの展覧会に行ったので備忘録として書いておきます。

1・グループ展「飛び出せ! MADE IN 九州展」(ギャラリーアートリエ

知人の作家が何人か参加していたので、オープニングにお邪魔しました。
作品はとてもおもしろかった。どれもよく練り上げられていて、美術作品としての完成度は高かったように思う。展示についてはかなりぎちぎち。作家の方々も満足していないようだったけど、12名をあのスペースで紹介するということなら最善の案だったのではないか。

企画そのものは、(タイトルもふくめて)もう少し新鮮味が欲しかったかなという印象。企画ギャラリーやNPOがよくやる有望若手作家のグループ展、みたいなものと変わらないことをやっているように思えたのだが....。関連イベントのアンデパンダン展は企画の目玉だと思うけど、平行して作家を選ぶことをやっているので釈然としない。とはいえ、中身がよければつまらない理屈なんか吹き飛んでしまうだろう。思いっきり暴れて欲しいと思う。


2・清川あさみ展「HAZY DREAM」(アルティアム)

清川あさみさんは、ウエブサイトで作品を見てすごく気になっていた方。
印刷媒体でも良い仕事をしておられるし、ぜひ見たいと思っていた。

で、感想は....うーん。ウエブや印刷媒体で見るととてもシュールなのに、実物を見るとその舞台裏を覗いてしまったような、そんな印象を受けてしまった。実物より印刷媒体で見たほうがおもしろい方なのかな。ただ、誰もやってないことをやってやるぞ、という気概が作品から感じられる。入場料を払った価値はあり。

それと、ビス止めしたアクリル板による額装はとてもよかった。写真をバックライトで照らす展示も。というか、自分も(お金に不自由しなければ)こういう展示をしたいのだ! 負けないぞ....と思ってしまう。(ハングリー精神、ってやつか)


3・原口ヒロシ展「孤独な群衆」(IAFshop

IAFshopの階段を上ったのは個展以来、半年ぶりでした。
光陰矢のごとし、なのです。

原口さんの作品は、ネットの写真で見た印象とはぜんぜん違っていて、とても暗かった。その暗さは、作品に重厚感があるとか、闇の深さを漂わせているとか、そういものとも違う。敢えていうなら、重油、コールタール、地下の化石燃料のようなねっとりとした感じ。火がつくと爆発するかも知れない。そんなただならぬエネルギーは伝わってきたと思う。

というわけで二日間、行き先々で知人と顔を合わせておしゃべりしたり食事したり、慌ただしくも充実した時間でした。4月の個展を通じて知り合った作家の方々にはありがとうと言いたいし、作品を通じて世の中とどう向き合っていけばよいかを学んでいきたいと思う。あと、いつもいろいろと支えてくれる弟と義妹にも感謝。焼き肉ごちそうさま!
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by ksksk312 | 2008-10-22 00:35 | 読書美術音楽、etc

素敵なパーティ

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面白い記事を見つけました。
『花椿・みる』(08年11月・701号)のコラムから引用します。

「あなたの日曜日のディナーに行きたいのだけれど」と、電話1本入れれば、面識がなくても、パリが初めてだとしても、日曜の夕刻、木漏れ日の美しい小さな中庭に面した自宅であなたを笑顔で待つ人がいる。それが、ジム・ヘインズ。国籍、性別、年齢、職業、宗教、その他何の関わりなく、あらゆる人に門戸を開く、日曜日のディナーを供して30年あまり。訪れた人は12万人にも及ぶ。

「いらっしゃい、よく来たね。○○さん、△△さんを紹介しよう」。来訪者リストを手にした75歳のジムは、すべての客のファーストネームを頭に入れ、隣人を紹介し続ける。あまりに自然なジムの「人と人を会わせる」手腕に、ぽつんと一人になる人はいない。私も、ハワイから来ていたギャラリーのオーナー女性、バンコクのカメラマン、近所のフランス人男性、スウェーデンから留学中の美術学生、多くの知己を得た。

ホームメードの優しいごはんが、また美味しい。ジムに賛同する幾人かの若いスタッフが、毎週誰ともなくシェフになるという。食事代としておおよそ10ユーロを最低見当に、誰もがいくらか封筒に入れてジムに渡す。それだけがしきたりだ。(寒河江千代)

いいなあ。

ディナーを主催するジムさんはアメリカ人ですが、ヨーロッパ各地で映画祭や演劇祭を企画してこられた方で、知人にはジョンとヨーコやミック・ジャガーもいるとか。大物のオーガナイザー....みたいな感じの方だけど、これだけの人がこういうこと....普通するだろうか。これは道楽でも慈善でもなく、発明に近いと思う。

ぼくが思い浮かべたのは、宮沢賢治のことだ。
詩人が夢見た「ポラーノの広場」がここにはないだろうか。「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」。すべての参加者が、平等に、誰かと出会う喜びを....。そういう集まりって(よくよく考えると)無い。人間関係もお金と同じでギブ&テイク、どんな集まりにも力学はある。ジムさんの記事を読んで、少し涙が出そうになりました。

ちなみに『花椿』、百貨店の化粧品売り場にいけば置いてあります。
女性の方はご存じでしょうけど、これは資生堂が発刊している広報誌です。誌面にはパーティの様子と美味しそうな料理も写真で紹介されていて、ジムさんの電話番号も載っています! 興味があるかたはぜひお手にとって見てください。
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by ksksk312 | 2008-10-08 13:04 | 読書美術音楽、etc