両忘

カテゴリ:或る日( 67 )

四国の小さな島に(たぶん)E村くんと来ている。


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ここには有名な現代美術作家SOさんのアトリエ兼個人美術館がある。廃校になった木造校舎をリフォームしてあるが、土地の観光スポットらしく多くの客で賑わっている。アトリエにはSOさんの姿もあったが、取り巻きが多くて話しかけられそうにない。遠巻きに巨匠を眺めているだけだ。

建物のそばには小さな蔵?があって売店になっている。覗いてみるとレターセットやらポスカやら、アートグッズが販売されていた。SOさんの作品はなぜか皆無で、いわさきちひろやMAYA・MAXXの作品ばかりだ。欲しいものは見つからず帰りはじめたが、SOさんが突然出て来て「何でもいいから買っていってよ」と話しかけて来た。ぼくらはたまげてしまって引き返すことに。売店につづく車道は駐車場待ちの車で大渋滞だ。どうしてこんなに繁盛しているのだろう。「誰かのそばにいても、そいつのことを意識しない限りぼくは存在できない」。歩きながら独り言する。

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ぼくは自宅への坂道を登っている。孤独だ。見ず知らずの若い大学生たちがうろついていて、周囲の家並みもすっかり変わっている。ぼくは年をとっていて、わが町内を歩いているのにまるで旅行者のような気分だ。家に着くと、そこは佐世保ではなかった。ぼくと母は立ち退きを命じられていて、東京のある街に移転することになっている。新築の家を与えられるので悪い話ではない。さっそく下見に(歩いて)いく。山をひとつ越えれば東京だ。

丘の上にショッピングモールがあった。急峻な階段をよじ上り、アーケードに入ると突然夜になり、入り口にプラネタリウムのような投影施設があった。派手な身なりの女の子に手招きされて入ると、天井に3Dのモノクロの映像が映し出されている。禍々しい煙がうねるような映像で、迫力はある。床にはスモーク、しかし水漏れでもしているのはびしょびしょ。映像ショーは終盤らしく、それ以上面白いものは無さそうだ。アーケードを出て、ふたたび急峻な階段(どぶ川のようになっていて気持ち悪い)を降りて行く。途中で旧友に会い、珈琲でも飲まないかと誘うが断られる。いつものことだ。中学生のころはすばらしい親友だったが、いまは他人だ。悲しい。丘の上から眺める東京は、東京というより、佐世保の町並みが地平線の彼方まで続いている奇妙な風景だ。

丘の下、三叉路の角に、ぼくと母のための新しい家があった。なかなかいい家だが、よく見ると建家の半分が大きなビルにめり込んでいる。これはなんだ。めり込んだ部分に住居空間はあるのか。無いのかも知れない。頼み込んで中に入れてもらうと、すごくよかった。リビングは広々といていて、暖炉もある。これはいい。見知らぬ土地だけれど住めそうだ。しかし奥に進むと、お風呂とトイレが無い…。バスタブと便器がじめじめとしたビルの裏手に転がっているだけ。これでお風呂に入って用を足すの?それとも、粗大ゴミが転がっているだけなのか。キッチンもまだ見つからない。不安がよぎる。

(夢をみた)
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by ksksk312 | 2012-02-13 21:32 | 或る日

uncurtained

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歯医者さんに顎関節の治療に行く。ところが行くべき歯医者さんを間違ってしまい(学生時代に通院した歯医者さんに行ってしまった)、前歯をがっつり抜かれて、金属製の義歯を入れられてしまった。金具が口からはみ出して鼻の穴に引っ掛けるタイプだ。「新型です」と言われたがこれはひどい。いつもの歯医者さんめざして歩き始める。

町の広場のトイレで用を足し、出てきたところを小学生たちの集団にからまれた。「先生に言うぞ」、「通報するぞ」、具体的には覚えてないけどそんな感じのウザイ言葉を投げつけられ、(しばらく無視していたが)いつまでもついてくるので突き飛ばしてやった。小学生たちが大騒ぎになったのでバスターミナルに逃げ込む。裏口からこっそり出てみたが、そこにも小学生がいてあれこれ問いつめてくる。言い訳しようとしたが面倒なので逃げる。

広くて何も無い造成地に出た。地平線まで何も無い、砂漠よりも殺風景なひどい土地だ。灰色の空を見上げると、なにか巨大な構造物が吊り上げられていて、すこしずつおろされて行く。ワイアーが見えないので、空に浮かんでいるように見えるが、クレーン車が何台も動いているので、どれかが吊り上げているのだろう。地平線の遥か彼方に、蜃気楼のように桁外れに巨大なタワーがぼんやりと見える。真っ白なタワーだ。…いや、やっぱりクレーンのようだ。造船所のクレーンだ。

歯医者さんをめざして歩いている。
ずいぶん遠回りをしているが、歯医者さんをめざしている。

山を切り開いた造成地(ここもひどい風景だ)の坂道を登っていると、外人の女が『セキスイハイム…」と歌いながら追い越して行く。この先にセキスイハイムの展示場があるらしい。女はしかし、よく見ると人間ではない。映像だ。「歩く女」の映像がぼくを追い越して行った。そのままつかず離れず....。どうやらぼくから離れると「人間」になるようだが、接近するとそれは映像になる。

早く歯医者さんに行きたくて走りたいが腰が萎えて走れない。
けれど、リズムよく歩けば前に進むことが出来る。
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by ksksk312 | 2011-11-10 01:11 | 或る日

東北から遠くはなれて。


11日。警察署に運転免許の更新に行き、自宅にもどってパソコンを開いたらあの地震の速報であった。数分後、いわき市の妹から母にメール。「地震つよい。大丈夫、ぶじ」。すぐに電話をしてみると、テレビが床に落下したり窓ガラスが割れたりしているという。普通じゃないなと話をしつつ電話を切ったが、しばらくしてあの大津波の映像がテレビにきた。妹の住む地区はかなり内陸になるのだけど、これはやばいかも。しかしながら、電話してももう繋がらなかった。メールの返信も来ない。無事とは思うが、停電していたら携帯の充電も出来ないだろうし、諸事情かんがえてメールは出来るだけ送らないようにする。その日はずっと、じりじりしとして、フライパンで蒸し焼きにされるような感じ。ときどきポップコーンのように、心の中で何かが破裂するが、何も出来ない。こたつでテレビを見る以外に出来ることがないのだ。

佐世保はとにかく静かであった。これ以上の沈黙はないというくらいの静かさである。いつものようにナナの散歩に行き、家にもどって窓から港を見る。まるでネビル・シュートの『渚にて』である。海の向こうでとんでもないことが起こっているのに、何もできない。静かに波が打ち寄せているあの小説の風景と同じだ。この港からはすでに米軍の揚陸艦が出航している。自衛隊の艦船も、準備にはいっている。しかし、自分の周りにはいつもの時間が流れている。

妹からは13日になってメールが届いた。こちらからのメールが受信出来ていたらしいが、送信が出来なかったらしい。家屋は少しダメージを受けたが、幸いにも家族はみんな無事であった。しばらくはスーパーに何時間か並んで食料を買い、お風呂を我慢する生活がつづく。宅急便が動き出せばいろいろと送ってあげることが出来るが、いまは何も出来ることがない。

九州に住んでいると、こんな感じで無力感を噛みしめている人は多いと思う。これはもう、しょうがない。初動で、訓練を受けたレスキューや自衛隊がはいっている。素人が現地にはいっても、医師や看護士の資格も無しに手術室に飛び込むようなもので邪魔になるだけだろう。いまいちばん大切なのは、現地のニーズを待つことである。復旧には時間がかかる。九州に住んでいる一般人にも、きっとニーズはあり、それは一ヶ月後、半年後に徐々にでてくるはずだ。そのときまで、いまの「無力感」を保つことが出来るか、役に立ちたいという気持ちが消えてないか、問われているのではないか。でも、さしあたって募金はやったほうがいい。個々の労働で稼いだ対価を寄付するのだから、立派なサポートである。ニーズは専門家にまかせるので安心である。機会があれば、堂々と募金箱にお金をいれるべきである。

あと、もうひとつ。アート関係者の間から、さっそくアートで被災者になにかしよう、という動きが出はじめている。。募金活動、討論会、イベント、作品販売、やっていいと思うが、ぼくのような昭和生まれ人間の頭をよぎるのはサルトルのあの言葉(飢えた子どもの前に文学は有効であるか?)である。やるのは結構だが、こういうときありがちなのは、アーチストが身内で盛り上がって、自己啓発な気分だけで、立派なことをしたような錯覚に陥ってしまうことである。「おれたちは作品を作るしかないんだ」「被災地に向けて歌を歌おう」。見苦しい、と個人的に思う。

飢えた子どもの前に「文学」が有効であるわけがない。しかし、あえていうと、「作家」であれば有効である。なぜなら、作家は生きた人間だからだ。手を差し伸べることも、抱きしめることも出来る。水や食料を運べるし、生きた行動があれば心に響く言葉もあるだろう。

まずは、震災にアートは無力だと思い知るべきである。しかし、「アーチスト」は人間であるがゆえに無力ではない。まずは唯芸論ではなく、唯物論。お金を集めたり、お金を出し合って、適性のあるものをボランティアに送り出すとか、まずそういうところからやったらいいと思う。現地で見聞したことがうまくフィードバックできたならば、ひょっとすると無力ではない「アート」が見つかるかも知れない。

++

それにしても。

福島の原発が気になる。
ほんとに大丈夫か....ほんとに。
これが心配で、ここ数日眠れない。
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by ksksk312 | 2011-03-15 02:12 | 或る日

こんな夢をみた。

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誰かを追いかけて、見ず知らずの農村を歩いている。迷路のような集落の路地、神社の鳥居、古いコンクリートの防火用水槽などを見る。どうして「彼」の辿った道がわかっているのか。まるで古い記憶を辿るように、どんどん歩いている。

どんよりとして薄暗いあぜ道を歩いていて、道を間違っていることに気がついた。これ以上進んでも意味がない。行き止まりになっている。工事中だが、何年も前に放棄されている感じだ。ぼくは引き返す。急ぐので、刈り取られて露地になった田んぼを駆け足で横切る。丘を登り、池のようなところを通り、ふたたび神社の鳥居をくぐる。小さなお社と、子どもたち。そのまま通り過ぎて、一軒の家にたどり着いた。中をのぞくと、(ぜんぜん知らないヤツだけど)知り合いがいた。「よく此処まで来たな」。そいつは「彼」ではない(彼を捜す目的は消えている)。「いや、とにかく此処に来たくて来たんだ」と僕は答える。此処は和歌山県だった。遠くに広々とした海が見える。すごく蒼くて、光り輝いている。とてつもなく美しい。この海の彼方には弘法大師も鑑真もいるのだろう。補陀落渡海。

しかし、ここは和歌山県ではなかった。というか、和歌山県だけど、和歌山県とは呼ばれていなかった。地形も少し違うし、県境も違う。地図帖を見せてもらう。日本はどこだ?世界はどこだ?ページをめくっても見つけられない。地形が変わっているし、地名も日本語と外国語が混じりあっている。この世界は、ぼくの世界じゃない。苦労して東京の市街図を見つける。都心の中に天神や心斎橋など、他の街が溶け込んでいる。地方のページを見ると、市街地のあるべきところに森や平原が広がっている。街が消え、静かすぎる風景がこの世(どの世だ?)の果てまでつづいているのだ。どうしてここに来たんだろう?

目が覚めて、壁に貼付けてある自分の作品を見る。

あの世界の言葉だ、と思う。あの世界がなければこの絵が現れることはなかったのだ。絵だけが、この世界と違う。
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by ksksk312 | 2011-02-27 01:19 | 或る日

夢を見た。

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音楽ホールで、芸術イベントのボランティアをしているようだ。舞台の袖からステージを見ていると、現代音楽のコンサートが始まっている。ピアノやチェンバロなど、さまざまな鍵盤楽器が列をなしてステージに運び込まれ、ぎちぎちに並べられていく。ホール全体は、サウンドコラージュのような音楽が流れている。もちろん、運び込まれる楽器たちからもいろいろな音が流れている。マウリシオ・カーゲルの作品らしいぞ。作曲家がぼくの隣で楽譜をもち、曲の展開を見守っている。これはすごい音楽だ、と思う。

第1部が終了して、あちらこちらのボランティアのテーブルを歩き回り、「これはすごいよ」と声をかけまくった。第2部では、並べられた楽器の上でバレエダンサーたちがダンスをするらしい。

ボランティアのテーブルは街のメインストリートにも並んでいて、1人で坐っていると、知人の女性が二人、缶コーヒを片手に近づいて来た。開演まであと30分。飲み物が欲しくなる。女性たちと離れて、飲み物を探しにいくが、足が思うように動かず、なかなか前に進まない。ようやくマクドナルドを見つけて、コーヒーとハンバーガーを注文(飲み物だけでいいのに、バーガーは欲張り)、指定された番号札を失ってしまい、自分の順番がいつくるのかわからなくなる。店も混んできて、開演に間に合わなくなるのではないか、と焦る。

店の隅で順番待ち。床がゆらゆら揺れている席につくと、そこはモノレール(ロープウエイ?)の座席で、あっという間に発車してしまう。螺旋状の線路を地下へ向かって進み、真っ暗なトンネルへ。慌てて次の駅で降りたが、ここはどこなのかわからない(大分駅の西口にそっくりだ。寂しい)。たぶん音楽ホールの近くにいることはたしかだが....。駅を飛び出して歩きはじめるが、裏口だったようだ。足が重い。コンクリートのように重い。前に進まない。

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by ksksk312 | 2010-03-20 00:16 | 或る日

長崎のお茶の間パンク、M氏の選挙戦

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更新が滞り気味で申し訳ないです。
このところ、作品が大型化してきて、ブログに載せるのが難しくなってきています。
ご容赦ください。

ところで。。
長崎ではいま、県知事選挙の真っ最中です。

2月4日告示で、投票日が21日。今回は現職の唐突な不出馬表明(時代の変化で県政運営の自信を無くしたとの事。自民党の福田、安倍総裁みたいだ)を受けて候補者が乱立している。政党の推薦を受けている人もいれば、あえて推薦を受けなかった人、完全無所属の人、7人も立候補していて激しい選挙戦なっています。

先週の木曜日、NHKの政見放送に登場したM氏。
すごいです。すごすぎる。

テレビに映し出されるとしばらく沈黙。「....?」と思って見ていると、いきなり机を拳でどかん、と一撃。間髪を入れず、独特の節回しで「長崎はナンバー1〜、Mはナンバー1〜♪」みたいな歌?を唄いはじめた。言葉を失ってしまったのだけれど、本人もすぐネタが尽きて沈黙....笑、後はやぶれかぶれで(たぶん即興の)浪曲ショーである。「森の石松〜ナンバ−1〜♪、Mはナンバー1〜♪、長崎はナンバー1〜....♪」。....これは一体何ですか。政見放送ではないのですか。テレビ的世界の常識からあまりに逸脱したパフォーマンスを見せられ、ダダの前衛詩ってこんなものだったろうか....とか、花園神社で見た唐十郎の芝居みたいだな....とか、そんなことを思い、ある意味胸が高鳴ってくる。一生に一度見られるか見られないかの、リアルな逸脱に遭遇したことにおどろきつつ、政見放送って、法律に守られてやりたいことがなんでも出来る場所なんだなと、皮肉なパラドックスにも気がつかされた。

彼のパフォーマンスは予想通り、翌日にはネットにアップされて(気の毒な事に)笑い者になっていた。興味がある方は「松下みつゆき」で検索してみるといい。しかしこのパフォーマンスは、お茶の間という「劇場」で見ないと衝撃は無いと思います。目の前で飛行機が墜落するのと、動画で見るのとの違い、そのくらいの落差はあるんじゃないのか。

でも上には上があって(たまたま新聞で知った)2002年のフランスの大統領選挙はもっとすごい。立候補に名乗りをあげた人数はなんと70人。切り抜いてとっておいた記事によると、障がい者問題や移民問題に取り組んでいるまじめな政党もあるけど、快楽党(公約→コンドームの国民配布、失恋者を救う救急車の創設)、白票党(選挙では白票を投じて不満表明を)などと冗談みたいなものまである。さらにすごいのは、ピーターパン(子どもの頃の夢を忘れないようにしよう)、犬のソーセージ君(ペットを大切にしよう)、イブ・ペッシー氏(政策を知りたいなら私の小説を読め)....。さすが共和国。フランス恐るべし。これが北朝鮮やミャンマーだったら、たぶん投獄である。まあ、バカバカしいんだけれど、フランスには(日本にも)人権はあることの証明ではある。

話をM氏に元に戻す。

新聞の折込みに入っていた選挙公報でも、彼は大暴れしていた。ほとんど日本語になっていない、直筆のなぐり書き。ただ、読んでみると、M氏が立候補に至った心情は漠然と伝わってくる。20代で故郷を飛び出し、東京で運転手稼業苦節40年、舞いもどった故郷の変わり果てた姿に茫然自失。「長崎はナンバ−1、ナンバー1にせんといかん....」。なるほど。これは「喪失感」だと思った。失われたのは故郷か、M氏の人生だったのか、たぶん両方だろうけど、あの支離滅裂な政見放送には、どうやっても止められない「喪失」と絶望感がにじみ出ていたように思える。どうすればいいのか、何をやったら取り戻せるのか、もちろんM氏はわからない。けれど、その破綻した行動には、彼の目に映った長崎の風景がふくまれている。それは何を象徴しているのだろうか。

長崎県の県民所得は全国最下位から2番目、人口流失率は4年連続全国でトップ。しかしながら知事の給与は全国で上から13番目、4年間の任期で退職金も含めると1億円の報酬を得るのだという。経済が地盤沈下すると、公務員と民間の間ではこのような格差が生まれる。これがもし途上国で、事態が極限まで悪化すればクーデターが起こる。途上国でなくとも、民主的な選挙で独裁者が選ばれてしまう事もある(戦前のドイツのように)。

長崎はいま、パンクなのだろうか。
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by ksksk312 | 2010-02-20 22:40 | 或る日

1月12日の夢

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ぼくは仲間と小さな漁船に乗っている。小さな入り江に停泊して、日蝕を待っているのだ。空は快晴で、海は凪いでいる。とてもいい感じだ。

すこしずつ暗くなって、太陽が輝きはじめた。日蝕が始まった。皆既ではなく、部分日蝕らしいけど、空はあっという間に闇につつまれて、幻想的な夜空が広がる。自分たちの頭の上は暗いのに、水平線の彼方は昼間の輝きが見える。太陽が雲間で欠けていく「映像」(望遠レンズで見たような感じ)を見ているが、誰かが「そっちじゃない、あれだ」と叫ぶ。すると西の空にみごとに輝いている太陽が見えた。それはまったく欠けていない。夜に輝く不思議な太陽だった。

しばらくして、空がふたたび明るくなりはじめる。

++

微妙な夢。
印象が強かったので、この夢は日常生活の残滓という様子ではない。もっと深いところから湧いてきたように思う。日蝕の夢は以前に見たことがあったけど、今回はちょっと違う。日蝕のはずが、太陽は欠けていなかった。みごとな夜に輝く太陽だった。ユングが第一次世界大戦の直前に見たという、あの太陽の夢もこんな感じだったのか。

「そっちじゃない、あれだ」
誰が叫んだのかわからないけれど、大切なメッセージのように思える。

降りていけ。
降りていけ。
地下へ降りていけ。
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↑....と日記には書いていたが、一昨日の新聞を見ておどろいた。

一面に部分日蝕の写真。夢で見た望遠レンズ的日蝕映像とほぼ同じ(夢の中ではモノクロだったけど)。日蝕があったんですね。ぜんぜん知らなかった....。

ナナと大雪
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by ksksk312 | 2010-01-18 23:21 | 或る日

chance favors the prepared mind.

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいいたします。
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by ksksk312 | 2010-01-04 23:09 | 或る日

サンタとレム・コールハース

クリスマスカードをいただきました。
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by ksksk312 | 2009-12-25 02:30 | 或る日

作品、東京へ。

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作品、東京へ旅立って行きました。
(梱包のセンス無さすぎ。泣きそうになる)

作品は、旧作と新作、半分ずつくらいの予定だったのですが、結局旧作は3点、残りの11点が新作、未発表作になりました。初めての東京での展示なので、気に入ってる旧作を半分くらい持って行くつもりだったんだけど、新しい作品はどんどん出来てくるし、展示プランを練って優先順位を煮詰めていくと、旧作はかなりはじき出されてしまいました。

今回の作品は、正直、直前まで苦しんで描いたものが多いです。

そういうのは、時間が経ってから見ると消化不良だったり、息苦しかったりするのだけれど、制作過程で、これからこういうものを描いていこうという道筋のようなものを見つけた感触はある。東京に持って行った作品は荒削りかも知れないけど、これからの自分を引っぱってくれる、機関車になってくれるように感じています。

展示も、自宅でデモってみた限りでは、昨年の福岡の展示よりスケールの大きいものをお見せ出来そう。たとえば90センチ四方のクラフト紙にコラージュとペインティングを4点、その上にさらに小作品やオブジェを重ねて配置、みたいなことをやってみた。展示は代行だし、展覧会の性格上、現場で作品の取捨選択は出来ないのでどうなるかわかりませんが、チャレンジはした、と思う。

東京、やるだけやったぞ。
あとはライブペインティングの心配だけします。

在廊予定
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by ksksk312 | 2009-11-29 22:53 | 或る日