両忘

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プレスリリースを書いてみた。

画廊喫茶のオーナーcivaさんから、新聞社に個展の紹介をするのでプレスリリースを作りませんかという連絡が来た。 大規模な作品展ではないし、経歴なんて皆無なのでとまどう。作家の本格的なプロファイルがどういうものか、いちおう知っているので...。 しかし、A4用紙一枚ぶん程度のテキストに作品のカラーコピーを付けてくれればいいよ...とのことなのでチャレンジしてみた。

しかし、原稿用紙にして2枚ぶんくらいの作文がまったく出来ない。
経歴は詩の作品歴をメインになんとか拵えることは出来たけれど、作品の解説がさっぱり進まない。 制作と向き合うとき、想起するものはあっても動機やテーマがあるわけではない(...映画の脚本じゃあるまいし)。 終着点となるべきスタイルもないので、厳密に自覚する行程(工程)もない(...不器用だし)。

結局、自分というブラックボックスがあるだけで、そこの部分を語るしかない。 しかし、目は(なにかを見ることは出来ても)目そのものを見ることは出来ないように、稼働しているブラックボックスは自分にはわからないし、 他人にもわからない。しかし、制作者としての説明責任はある。 仕上げた作品を床にならべて、自分はなにを描いたのか、ただただかんがえる。むむむ。

こうして3日前、ようやく初めてのプロファイルが書き上がった。 苦労した甲斐あって、なかなか正直に書けたのではないかと思っている。 芸術という名のパンに自分がどの程度食いついているか、まだまだ歯型もつけられてないことが理解できた。 けれど、自分の方法を、過不足なく(これ以上書くと、嘘になる)言葉にすることは出来たので、まあ合格か?

わかったのは、画材や技法の勉強も必要だけど、もっともっとブラックボックスの精度を上げなければならないということだ。 どんな絵を描きたいか、なにを表現したいかではなく、どんな絵が自分に描かれるのを待っているか、探求すること。説明責任も果たすこと。チャレンジ、チャレンジである。

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by ksksk312 | 2006-08-31 16:29 | お知らせ、個展など

個展のお知らせ

kosuke shiku solo exhibition
"40×32cm"

志久洸介ドローイング展
とき・9月17日(日)〜28日(木)
ところ・画廊喫茶 喫茶去 金曜定休
大分県日田市淡窓1丁目4ー14
0973-22-6933

はじめての個展を開催することになりました。
今回はタイトルにありますように、40×32cmサイズのドローイング作品を10点程度展示いたします。 17日には、学生時代に仲間と制作した8ミリ映画(ビデオ上映)も公開する予定です。

17日から18日にかけて日田に滞在します。
ぜひ、遊びに来てください。

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by ksksk312 | 2006-08-31 11:05 | お知らせ、個展など

8月の恵比須様

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by ksksk312 | 2006-08-29 12:17 | 写真 '06

月のリズムを!

24日は新月だったそうだ。
先日長崎の「月の美術館」を訪問したとき、館長のヤマサキユズルさんから、新しいことを始めたいのなら新月を選ぶと善い、という話をうかがった。欧米では、結婚式の日取りは新月にすることが多いそうだ。...知らなかった。美術館で企画する個展も、新月の前後からスタートするようにスケジュールを組んでいらっしゃるとのこと。

そういえば、ウミガメが産卵のために上陸するのも、新月の晩ではなかったか。夕方になると散歩の催促でうるさい愛犬も、きのうと今日はおとなしかった。満月の夜はあきらかに興奮気味なるので、月のリズムというのはほんとうにあるのかも知れない。

ぼく自身は、月のリズムと心身のコンディションの因果関係について自覚するところはあまりない。占星術のコラムはけっこう気にするくせに、星座の位置関係や惑星の運行についてほとんど興味を持てない天体音痴である。因果関係があっても、気がつくセンスに欠けていたのだと思う。

人間の文化的なレベルから地球や宇宙空間のレベルにいたるまで、世界にはさまざまなリズムにあふれている。それらのすべてが人間の心身に善い影響をもたらすとはかぎらない。

そもそも、世の中にこうも紛争が多いのは、その民族がほんとうにフィットする暦を使えてないからじゃないか、ということも想像できる。日本や中国は、もともとは太陰暦で時をリズムを得ていた。イスラム世界ではいまも太陰暦は重要だけど、この時代に太陽暦は無視できないわけで、文化的な抑圧を感じながら「二重暦」で生活しているに違いない。

地球上に複数の暦があってもいいじゃないか。
世の中、なんでも互換性を追求するから、対立が起きたときに譲歩する余地がない。
コンピュータは死んでしまうが、人間は気力を取り戻すかも知れないぜ。
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by ksksk312 | 2006-08-26 14:01 | 或る日

ご挨拶

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ksksk312

はじめまして。

コラージュとドローイングを制作しています。
詩も作ります。

柴犬(♀)と暮らしてます。

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「個展」
2007年2月、月の美術館(長崎)。
2008年4月、「画* alternative mind」、IAFshop(福岡)。
2008年6月、月の美術館(長崎)。
2010年5月、「画* alternative mind」、IAFshop(福岡)。

「グループ展」
2009年12月、「COLORS」代官山ヒルサイドフォーラム(東京)

2010年5月、「IAF SHOWCASE」 パークサイドギャラリー(福岡)

2010年8月、「拝啓タイガー立石様」、田川市美術館(福岡)
↑館長判断により作品展示は実現しませんでした。(経緯と見解

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website「抹香クジラの脊椎コロニー」(詩作品、写真)

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by ksksk312 | 2006-08-24 04:10 | profile

untitled

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鉛筆、水彩、アクリル、コラージュ、紙(40×32cm)
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by ksksk312 | 2006-08-21 12:01 | on paper '06

untitled

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鉛筆、クレパス、水彩、アクリル、紙(40×32cm)

detail
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by ksksk312 | 2006-08-15 11:56 | on paper '06

William Carlos Williams

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鉛筆、クレパス、水彩、アクリル、紙(33×24cm)
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by ksksk312 | 2006-08-09 11:53 | on paper '06

(ナナの)夏の宮殿と囓られ地蔵

土曜日、東北から妹と子どもたちが帰省してきた。

覚悟はしていたけれど、ナナは大興奮である。こいつは子どもが大好きなので、スキあらば遊んでもらおうと部屋のなかへ吠える。 網戸も頭突きで破る。さすがに深夜はおとなしくなったが、早朝エアコンが可動するとまたがんがん吠える。 ちょっとやばいかな...と心配していたところ、案の定お隣さんから苦情が来た。 年寄りが不眠で苦しんでいるので、飼う場所を変えて欲しい、と。

どうするべ。
移すといっても、わが家に犬を飼えるスペースは裏庭以外にはどこにもない。 しかし、病気になったといわれればほったらかすわけにはいかない。とりあえず玄関の外の、 垣根と外壁の狭いスペースに移動させてみるが、家から閉め出されたと思い込んでいる(事実、そうだ)ナナはとてつもなく不安がった。

ナナがわが家にやってきてまもなく2年になるが、こんなに哀しそうな声を聞いたことはなかった。玄関の硝子戸に向かって、 深夜まで振り絞るような声でひいひいと鳴きまくる。「ここには置けない」と言うぼくに、母は「おまえは犬に甘えすぎだ」と痛いところを突く。 口論、口論。悲痛なナナの声は町内の谷いっぱいに響き渡るが、それでも近所にいちばん迷惑をかけない場所ではある。 犬も飼い主も、悶々としてほとんど眠ることができなかった。

翌朝、ナナはものすごく興奮していた。
エサも水もほとんど減っていなかったし、大好物の牛皮ボールにも噛み跡が無かった。当然だろう。

とりあえず空き地に放して気分転換をさせる。幸いにも、家族との信頼関係は壊れていなかったが、 その間にあたらしいねぐらを探してやらねばならない。犬小屋をかかえ、適当な場所はないかと空き地をうろうろする。 とにかく玄関先は絶対に駄目だ。ナナもそこが家の入り口というのをよく知っている。 閉め出されたという意識を想起させるので、とても落ち着けない。場所が場所だけに来客に迷惑をかける可能性だってある。

空き地のあちこちに犬小屋をおき、鎖につないでみたが、駄目。ぼくの姿が見えなくなるとすぐにひいひいと鳴き出す。 お隣のご隠居さんへの影響は少ないだろうけど、心理的に安心出来る場所ではないと、別の問題が起こるかも知れない。 母と、口論、口論。試行錯誤。

しかし、努力の甲斐あって?ようやくナナの居場所が見つかった。

わが家の北側、台所の裏の勝手口である。
犬小屋もはいらない狭いスペースだが、外壁と垣根の間にプラスチックの屋根が渡してあり、直射日光は遮られている。 とはいえ、うす暗くじめじめしていて、野良猫の通り道にもなっている場所だ。 雨露がしのげるとはいえあまりに不憫、というのが人間様の先入観だったが、犬は(先祖はオオカミだけあって)存外そういう場所を好むらしい。 ほとんど抵抗することなくスペースにもぐり込み、居心地良さそうにぺたりと座りこんでくれたのである。 そういえば、垣根の隙間からナナはこの場所をよくのぞき込んでいた。もともと興味があったのかも知れない。

いい場所が思いがけなく見つかり、ほっとした。

というか、いままでの裏庭よりもいいかも知れない。 家の中が見えないので子どもたちを探して吠えることはないし、物音がする台所のそばなので疎外感もないらしい。 のんびりとコンクリートに寝そべり、気が向くと半開きのドアに鼻先を突っ込んではくんくんと鳴き、母を笑わせる。 冬になるまでは、ずっとここでもいいように思う。

実は先日、ナナは散歩の途中、小さな地蔵菩薩を見つけだした。 歩きながら白いモノをかりかり噛み砕いていたので、チキンの骨だろうと思って吐き出させると木彫りのお地蔵さんであった。 ナナに囓られて、胸と背中に歯形がついているが、とてもにこやかなお顔をしている。

縁起物か、それともなにか悪いモノでも憑いているんじゃないのか、 家族で議論になったけれど、わが家はお地蔵さんを裏庭にお祀りしていることもあり、捨てるに捨てられない。 わが家でお祀りしてほしくてナナに拾われたのではないか、という都合のいい意見で決着はついたが、 昨日の移動騒ぎですこし心配になってきた。

数日前からストレスが溜まってはいたのだけど、昨日の移動騒ぎで神経衰弱がぶりかえしている。 昼間に睡眠をとったので大丈夫だが、この事件をきっかけに、危ういバランスで止っていた精神のやじろべえが、 一気に左右に振れてしまったような気がする。路傍の仏様のせいだとつい勘ぐるところに、心の疲労が見てとれる? 裏庭のお地蔵さんに手を合わせるときも集中力があがったような...。

ただ思うに、振り子は左右に等しく振れるもの。移動騒ぎは災難だったが、ナナにいいねぐらを見つけだすことが出来た。災難を呑み込んで新しい局面が来たのである。それが災いであろうと、福であろうと、呑み込んでみる。それもひとつの方法だ。

オンカカカビサンマエイソワカ。
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by ksksk312 | 2006-08-07 18:22 | 或る日

とんがり

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鉛筆、紙(無印良品の雑誌ノート)
retouching by Photshop7.0
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by ksksk312 | 2006-08-05 11:50 | by digital '06