両忘

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めっぽう面白い。

問題です。
「途轍もなく」と「途方もなく」。違いを述べよ。

読書をしていたら、このふたつが対句のように使われている文章に出くわした。
わざわざ対句にするくらいだから、本来は微妙に使い方が違うのだろう。広辞苑にあたったけれども、これがよくわからない。 轍はわだちのことであり、方は方角なのはわかったが...どう使い分ければいい? 言葉ってむずかしいな。

で、その本なのだが、米原万里さんの『オリガ・モリソヴナの反語法』という小説である。 ずいぶん話題になった作品ではあったけど、やはり期待どおり...おもしろかった!

ロシア語の翻訳で糊口を凌ぐ日本人女性志摩は、 1960年代、チェコのプラハ・ソビエト学校で出会った舞踏教師オリガ・モリソヴナのことが忘れられない。 グレタ・ガルボのようなオールド・ファッションに身を包んだ老婆は、当時すでに80は越えていたはずなのに、バレエを踊らせると天才的、 しかしながら指導はきびしく辛辣(題名の反語法とは、日本でいうところのほめ殺し)、言葉遣いも下品の極致、 あまりの個性の強さ故だれもが一目置く人物だった。志摩はオリガ・モリソヴナの強烈な印象が忘れられず、 ソビエト崩壊後のモスクワで生い立ちを調べはじめる。

スターリン政権下の大粛清がどんなもんか、教科書やテレビの映像での知識はあったが、これほどのものだったとは...。 オリガ・モリソヴナの過去が繙かれるにつれ、過酷な運命に翻弄される女性たちの生き様に言葉を失ってしまう。
フランクルの『夜と霧』ではないが、人間はなにをもってして生きのび得るのか、 なぜに人間はこれほどの極限状態でも生きたいという希望が持てるのか、辛辣な問いが散弾のように投げかけられる。

なんとオリガ・モリソヴナは、プラハのソビエト学校に実在した人物なのだという。 米原さんは彼女の生い立ちを調べてノンフィクションを書く構想を持っていた。 しかし資料がどうしても集まらず、小説を書くことにしたのだという。

ノンフィクションにならないから、小説を書く。普通、もの書きならそういうことはしない。 資料が見つかるのを根気強く待つか、あきらめるか...。 しかし、著者があえてそれをしなかったのは、過去を作り話にしてでも、 たくましく生きのびる女性の「真実」を書きたいという衝動を抑えられなかったからだろう。 オリガ・モリソヴナの過去は作り話かも知れないが、あの時代にこういう人物がいても不思議ではないだろうし、 ラーゲリ(収容所)でのロシアの女性たちの生き様にはこれっぽっちの嘘はない。

この物語でいちばん好きなのは、ラーゲリから生還を果たしたオリガ・モリソヴナが、恋人だったチェコの外交官と再会するところ。 モスクワの広場、歓喜に身を焼かれそうになるも、醜く老いてしまった自分の姿に気づき、男の腕に飛び込むことを躊躇ってしまう。 その引き裂かれるような苦悩とともに、彼女がチェコへ移住する動機もきっきり描かれていて文句なし。頁をめくる指が震えてしまう。

結末に出てくる、志摩と旧友とのあわただしくも感動的な再会も素晴らしい。 ひょっとするとこの小説には、人間が経験するありとあらゆる種類の別離と再会が描かれているのではないか。

通勤の行き帰りの2時間、居眠りばかりしている。 時間がもったいないので骨太の読み物を探していたのだけれど、 たまたま文庫の新刊で出会ったのが『オリガ・モリソヴナの反語法』である。 4〜5日かけてのんびり時間がつぶせればと思ったのだが、寝る間も惜しんで1泊2日、睡眠時間を失ってしまいました。

願わくば、この小説が海外に紹介されて映画化されることを望む。
『ソフィーの選択』を越えるよ、きっと。

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by ksksk312 | 2006-11-29 22:57 | 読書美術音楽、etc

小日記

金曜日、早朝。
2両編成のディーゼルカーに乗ってバイト先へ。
ドア横の座席でうつらうつらしていると、若い女の子から声をかけられた。 びっくりして顔をあげるとY...。3年ほど前、勤め先で顔見知りになった子である。 当時、中学3年生。遭遇しただけでもおどろきなのに、なんと(部署は全然違うが)バイト先も同じ...笑。 こんなことってあるんだろうか。あるのである。

目的地まで15分。
いろんな話をした。

ひさしぶりの再会なので、話題はどうしても共通の知人のことになる。うれしい消息もあれば、心配な子もいて...。 ふむふむと話を聞き、会ったらよろしくね...とか、当たり障りのない返答しかできないのがさびしいのだけれど、 いま現在いちばん心配なのは自分自身なので許してもらおう。。

それにしてもまあ、Yちゃん、すっかり見違えたぜ。
この子はサブカル大好き少女だったので、 黒服のゴスロリ(というものが世の中に存在するのを彼女に教わった)になってるんじゃないかと密かに心配していたが、 普通にコットンパンツが似合う子になっていたので、柄にもなくほっとしたりして...。
大人の目にはいろいろ問題を抱えているようにも見えたのだが、きちんと労働しているだけでなく、 学校にも通っているし(絶対に辞めないんだと言っていた)、 まったくたいしたもんだと思う。10代の頃の自分とついつい比較して、あなたのほうがセンセイだよ、と心の中でつぶやく。

金曜日の夜。
NHKの『にんげんドキュメント』という番組を見た。
2年前の中越地震で壊滅的した、魚沼産コシヒカリを育んだ棚田再生の物語。

棚田はわが長崎県にもあるので見たことがあるが、それはもう...まったく美しいものである。 しかし、いちど破壊され放置されてしまうと、再生には大変な労力と時間が必要なのはいうまでもない。 棚田再生のためにボランティアを募った地元の方々と、賛同して全国から集まった有志の思いや人生を、カメラはじっくり追いかける。

土というのは、どうしてこんなに人間を惹きつけるのだろう。
土は稲を育てるだけじゃないのだな。土は乳である。

「人間、希望がないと生きていけんがね」
79歳のおばあちゃんがガハハと笑う。

棚田というものを人生をかけて守りつづけた人々、棚田再生に人生をかけて、新潟を訪れた人々。 一生ものの「希望」と縁があるということのすばらしさとおどろき。 希望は個々の問題だが、普遍性があり、力が集まると社会や歴史にも影響を与える。 貧富や幸福の度合いすら超え、人生の真ん中でかがやくもの。 かんたんに持てるものではないし、持っているから幸福というわけでもないが、希望は人間をかがやかせる。
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by ksksk312 | 2006-11-19 22:54 | 或る日

小日記

一昨日、こんな夢を見た。

 ++
どんよりとした曇り空、ほぼ天頂の位置に、巨大な満月が浮かんでいる。その大きさたるや、天体というよりは空飛ぶ円盤の母船のようだ。 しばらくすると、ひとまわり小さい満月が、母船のような満月に近づいてくるのが見えた。 小さい月のほうは光が強烈で、月というよりは太陽といったほうがいいかも知れない。(でも、夢のなかでは、月)

小さい月は、ついに大きい月の間近まで来た。「ぶつかるぞ!」声を上げそうになる。 しかし、小さい月は大きい月にすっと呑み込まれ、そのまま中心まで進む。 ぼんやりした巨大な満月の中に、光り輝くもうひとつの満月。二重の満月が空に浮かんでいる。
 ++

なんじゃこりゃ。
複雑な気分で目が覚める。

20年以上も夢の記録を取っているので、いままで体験したことのないイメージにぶつかると、ついつい解釈をしてしまう。 夢のなかの満月は、物事の成就や終わり、或いは女性的なるものを象徴しているという。 ...満月のなかに満月って、なんじゃらほい。終わりの終わり...苦笑。

もしこれが、三日月が満月(あるいは太陽)に入っていく夢だったら途方もないんだけどなあ。 でも、そんな途方もない夢は現代人には無理だろう。譬えが飛躍するが、レパントの海戦に臨んだマルタ騎士団とか、 そんな歴史的な連中じゃないと遭遇しないような気がする。

せめて、ぼんやりした満月が、明るい満月に呑み込まれる夢だったら。
...嗚呼、夢にぼやいてどうする。

夕方、ナナの散歩。

飼い主の前を、シッポをくるりと巻いて歩く姿はなかなか颯爽としている。 いつも思うのだが、こいつの身体には上半身、下半身という区別がない。4本の脚でしっかりささえられた、 「全身」がただひとつあるのみである。シンプルで力強い、身体のデザイン。人間は負けてるな...。

もちろん、その不便さが手と言語を生み、さまざまな身体表現を生んだわけで...。でもそれが、果たしてどこまで人間を幸福にしてきたか? まだまだ人間にはやるべきことがある...。

なんだか、いろんなことがもやもやしている。
夢のなかの曇り空は、自分の意識の天候そのものだ。

ゆがんだ光は ココニイルコト
伝える全ては ココニイルコト

いつもの坂道、犬にひっぱられて二本足で歩く。
スガシカオの『Sugarless』が頭のなかで回転している。
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by ksksk312 | 2006-11-13 21:33 | 或る日

untitled

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鉛筆、クレパス、水彩、アクリル、紙(40X32cm)

deatil
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by ksksk312 | 2006-11-12 13:57 | on paper '06

animals

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by ksksk312 | 2006-11-09 23:23 | 断片集

animals

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by ksksk312 | 2006-11-07 00:00 | 或る日

animals

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鉛筆、紙

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by ksksk312 | 2006-11-05 21:59 | on paper '06

宇宙の終わり

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by ksksk312 | 2006-11-02 22:29 | 写真 '06

ハルキのカフカ

月曜日、朝日新聞電子版に、頬杖をついた初老の男性の写真を見つけた。
直感的に、プロ野球の監督かな?と思い脳味噌をスキャンしたが名前が浮かばない。 記事を読むと「プラハ、ルズイニェ空港で取材を受ける村上春樹氏」とある。そうか、(最近の)村上春樹ってこんな顔をしていたのか。

なんの根拠もないが、プロ野球の監督みたいだ、と思う。 あるいは登山家。若い頃はかなりの童顔だったが、最近は顔写真もあんまり出ないし、 安西水丸氏のイラストでも「にこにこ坊っちゃん」みたいな感じで描かれているので、精悍な顔つきにはおどろいた。 とても小説家には見えない。

「15才の少年がカフカを読みますか?」と地元記者が質問したという。
「わたし自身、15才でカフカを読んで大きな感銘を受けた」と答えている。

ふうむ。

「本は自分の内部の凍った海を打ち砕く斧でなければならない、カフカは友人への手紙のなかで書いている。 これこそまさに私が書きたい本なんです」とは、授賞式のスピーチで。 凍った海を打ち砕く斧。...斧か。そう、彼の作品は斧なんだよな。村上文学の真髄をみるような引用だと思った。

春樹さん、受賞おめでとう。
生涯ではじめての会見だったそうですが、日本ではやりますか?
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by ksksk312 | 2006-11-01 22:10 | 読書美術音楽、etc