両忘

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きわめて個人的な浦上水源地幻想

森と淡水の匂いとリュクサック
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by ksksk312 | 2011-08-31 22:43 | on paper '11

佐世保→菊畑茂久馬回顧展、土地の波動

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お盆に一人で長崎に行ってきた。

3年ぶりのお墓参りと、県美術館の菊畑茂久馬回顧展である。佐世保から長崎行くには、ぼくの場合(クルマがないので)高速バスかJRの快速かどちらかということになる。景色を楽しみながら行くには大村湾に沿って走るJRがいいのだけど、最近はいつも混んでるのでなかな落ち着かない。高速バスのほうが(景色はひどいが)ゆったりできるので難しいところ。今回はJR。車内が混んでいて失敗したんだけど、トンネルを抜け、稲佐山が見えた時の開放感はいつもながら清々しいものがあって、何ともいえない気持ちになる。

長崎駅で叔父さんに拾ってもらい、お墓参り。日射しは強いけれど涼しくて過ごしやすい。霊園からの眺めは最高だった。きりっと光る橘湾の水平線と、逆光でぼんやりとかすむ雲仙のやまなみ。霊園の眼下には高速道路のインターチェンジがあってクルマの往来が見えるのだが、豆粒みたいに小さく、音は聴こえてこない。まるでジオラマである。お盆のせいなのか、海も山も神々しく見えて、幽体離脱をして風景を眺めているような気分になる。午後からは、これまた3年ぶりで(母の実家でもある)叔父さんの家へ。母方の先祖にお線香をあげ、古写真をみせてもらったりして過ごす。叔父さんの家は、チビの頃に何度も遊びに行ったので特別な場所である。家は新築されて、近所の風景も激変しているけれど、流れてくる空気感というか、波動のようなものはまったく変わっていない。もう、ほんとうに癒される。長崎はいいなあ、と心底おもう。

ぼくは長崎に生まれて、小学校の4年生のときに佐世保に越してきた。10才までの長崎は自分にとってよい時代だったとおもう。特別な経験をしたわけではないが、子どもなりの感覚で刷り込まれた記憶(眠れない夜に聞いた路面電車の音とか、当時アジア最大だった長崎水族館に着いた時の、海の匂いだとか)が鮮やかに残っていて、思い出すと、空にむかって天窓が開かれたようなのびのびとした気分になる。記憶のなかの映像や音が細分化されず全体性を保ち、生々しい情感がリズムを刻んでいる感じ。しかし、佐世保に移り住んでからの中学生、高校生時代になると、このような記憶はない。思春期のぼくにとって、長崎はいつか戻りたい町、ずっと住みたい町、しかし佐世保はいつか飛び出したい町。事実、人生で2度飛び出してしまった....。

叔父さんの家を出て、坂道を右に左にくだりながら、もし自分がこのまま長崎に住んでいたらどんな作品を描いていただろうか、とおもった。長崎に住みつづけていることで、苦労なく生活が出来たということはもちろんない。やはり思春期で躓いて、ネガティヴな気持ちで長崎を出たかも知れない(その可能性は大)。しかしながら、封印された長崎のよいイメージは、自分のリアルな記憶である。自分が感じている「長崎」からは、絵画で追求している猥雑でパンクなイメージ、自前ではなく借り物のコラージュ主体の表現、そういうものが出てくるような感じはしない。長崎と佐世保、記憶と身体の両方感じる「波動」を意識しつつ、そんなことをおもう。

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そして、長崎県美術館へ。
菊畑茂久馬回顧展『戦後/絵画』へ行った。

菊畑茂久馬さんは、1935年生まれの76才。福岡を拠点に活動しておられる作家。MOMAや東京都現代美術館にも収蔵があるし、有名な方なのであらためて書く必要はないかも知れないが、オノ・ヨーコや草間弥生、赤瀬川原平、荒川修作....など、戦後の「前衛」作家として一時代を築いた美術家のひとりである。1950年代の前衛作家集団「九州派」の主要な作家として活動をはじめ、日本の各地に同時多発した他の前衛作家集団と同様、読売アンデパンダン展に出品し頭角をあらわすようになった。今回の展覧会は、福岡市美術館と長崎県美術館の2館共同開催で、前衛時代の名作から80年代以降の巨大な絵画作品まで、菊畑さんのすべての仕事を俯瞰する大規模な展覧会になっている。

福岡市美術館での作品群はすばらしかった。前衛時代の代表作、巨大な立体作品である『奴隷系図(貨幣)』は、エネルギッシュで禍々しく迫力満点である。『ルーレット』のシリーズや平面の『奴隷系図』をまとまって見たのはたぶん初めて。そして、2007年の展覧会で見たあのオブジェ群に再会!ユーモアがあり、エロく、卑俗でもあり、なんというか....男の脳髄からぺろりと出て来たリビドー。そしてなにより、気の遠くなる手作業を通じて獲得されたであろう圧倒的な「もの」感。「ここまでガチンコでやってはじめて作家やぞ」とオブジェが語りかけているような。ぼくは完全に白旗だ。

長崎県美術館での展示は、前衛時代の作品もあるが、80年代から精力的に発表してこられた巨大な抽象絵画のシリーズをたっぷりと見ることができる。福岡の作品群だけでも満腹だったけれど、長崎での絵画群はとんでもないもので、福岡の展示は序章に過ぎなかったのではないか....という気すらしてしまう。

長崎での絵画群でとくに心を揺さぶられたのが『海、暖流・寒流』のシリーズだ。

高さ3メートルはあろうかという縦型のタブローが2点、まるでツインタワーのように並んでいる。どちらも美しいインディゴブルー一色に塗り尽くされているが、それぞれに暖流、寒流のイメージを喚起する色合いのマチエール(胡粉を混ぜた絵の具を固めて砕いたものを、塗り込んであるそうだ)が荒々しい波しぶきのようにうねっている。これには釘付けになった。ブルー一色の画面とマチエールの躍動が、水と大気とわだつみにそのままシンクロする。これはもはや絵画ではなくて、海そのもの、海流そのものではないのか?そこにあるべきはずの「絵画のイリュージョン」が少なくともぼくには見えない....おどろきだ。さらに画面からは、日本列島がみえた。菊畑さんが幼年時代を過ごした五島列島もみえた。海と海流の絶対的な豊かさ。運んできたのは、魚や鯨だけではなく、柳田国男が『海上の道』で書いたように人と神話でもあったろう。ニライカナイ→ミミラク→三井楽....。シンプルな画面に、海をめぐるさまざまな豊かさが、波しぶきのように打ち寄せてくる。

『月光』、『月宮』のシリーズもまた、実に魅力的だ。文学的なタイトルがつけれらているけれど、情緒的な月のイメージを一切排した斬新な作品になっている。灰色、もしくは淡い水色の大画面は徹底してマットであり、光沢がなく(ありがちな)月の光のイメージもまったくない。しかし、画面に立つと、これこそ「月光」だと....ねじ伏せられてしまう。光やイメージが放たれるのではないく、むしろ吸い取られていくような、負の画面。重量感はあるが決してメタリックにはならず、光の軽快さは保たれている。すごい絵画だ。

前衛時代、アスファルトを溶かすことから芸術を始め、一貫してモノと格闘し、陵辱と和合をくりかえしながら作品を拵えてきた菊畑さんの絵画には、視覚的な「描写/イリュージョン」よりもまず、「画材/物質」の存在感があふれている。「神に変わる確かな存在....もしあるとすれば物質じゃないか」とは菊畑さんの言葉である。ロスコやニューマンなど、抽象表現主義の画面が、静謐なイリュージョンで観想を誘う超越的な神であるとすれば、菊畑さんの絵画は(完成度の高い美しい画面だけれど)物質という肉体をもつ荒神であり、自然そのもののような印象だ。純度の高い抽象で独自の宇宙観、超越的な精神を表現しつつも、物質の存在感で、世界の実在、自然そのもの、われわれの歴史や記憶についても荒々しく問いかけている。(最新作の『春風』は軽快でやわらかいトーンだが、それでもマチエールのうねりは魅力的に残る)

それだけではない。

そもそも、菊畑さんの絵画には、美術の世界を反対側から引っているような力を感じる。80年代最初のシリーズである『天動説』というタイトルにあらわれているように、闘争心があるのだ。前衛の時代は終わっても、既存の権威や価値観へは闘いを挑みつづける、芸術家魂のようなもの。アクチュアルで、すごくカッコいい。

実は菊畑さんには、80年代に画壇に復帰するまで、10年以上、作品を発表しなかった時期がある。前述の通り、菊畑さんは東京で足がかりをつかみ、国際的な作家になるチャンスもありながら、あえて福岡を拠点とした活動を続ける。その間、菊畑さんの関心は、近代日本や戦後美術の負の歴史に向かったようで、山本作兵衛を師と仰いだり、戦後アメリカから返還された戦争画についての著作を発表していく。

菊畑さんの著作ではなく、別の文献(宮下規久朗『美術史ノワール』)で知ったのだけど、太平洋戦争中の日本において、軍部の要請で相当多くの画家が戦争画を描いていた。作品は毎年、聖戦美術展という展覧会で全国巡回し、200万人から300万人の日本人が見たという。これはとんでもない数字で、戦時中こそ、日本人が美術にもっとも親しんだ時代ということになる。しかし、現代の日本ではそういう歴史は「無かったこと」になっている。その結果として『サイパン島同胞臣節を完うす』など、フジタの傑作は抹殺されている。それが菊畑さんには許せない。

前衛の寵児たちがアメリカに渡り、国内の作家たちが万博に浮かれるなか、日本人が見て見ぬふりをしてすまそうとする足元の歴史を検証し、芸術家としての信義を貫こうとする姿勢。まさに前衛だ、とおもう。オノ・ヨーコや草間弥生、荒川修作など、芸術的闘争の果てに成功と名声を勝ち取り、成熟した作家たちにたいして、菊畑さんが異議申し立てをしたわけではない。しかし、安易にコスモポリタンであることを拒否し、土着でありつづけることで、欧米を拠点とする作家たちに出来なかった仕事を残すことが出来た。

福岡と長崎の両方で見ることが出来る『天河』のシリーズ。

漆黒の大画面に無数にふりそそぐ朱色の雨。幼少時にみた満天の星空と、福岡大空襲で降りそそいだ焼夷弾の雨、亡き母上の記憶が、反映されてるというが、まさにそのようなものとして目に映る。純度の高い抽象ではあるけれど、モダンアートの文脈だけでは語り尽くせない情念。これは菊畑さんの『サイパン島同胞臣節を完うす』ではないのか。これは土着であることを選び、足元から目を離さなかった菊畑さんだけに描けた傑作なのだろう。『天河』に向き合うと、われわれは小さく虚しい存在だが、その世界は無限に広く、深淵であることに気づかされる。それぞれの人生に、人間の歴史のどれほどのことが起ころうと、世界はやはりひとつしかないのだ。ここで生きて、自分なりの光を点していくしかない。そんな声を、絵画から聞いたような気がする。九州、すごいじゃないか。

菊畑さんは、作品も、生き方もアクチュアルだ。トークショウやドキュメンタリーの上映会に行けなかったのは残念だったけれど、作品をじっくり見て、図録のインタビューも読み、ものすごいエネルギーをいただいた。今回の展覧会で得たものは、自分が九州に生まれ、生きていることの重み、それに尽きる。また、正直、中身についてよく知らなかった九州派の基本知識を得ることが出来たのも収穫だった。労働運動や保守的な団体展も巻き込んだ九州派の雑食性は、福岡のアートシーンを盛り上げたいと真剣におもっている人には、よいヒントになるとおもう。

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長崎駅からふたたびJRに乗り、佐世保へ帰る。

菊畑さんの作品群、長崎の街並や海と稲佐山の風景、そういうものが熱いマグマのようになって、これで影響を受けなかったら人間じゃないな、みたいな感慨を抱きつつ車中をやり過ごす。ディーゼルカーが佐世保駅に着いたとき、(自分なりに予想はしていたが)ホームから見える佐世保の風景はすっかり変わって見えた。

ひと言でいうと、此処が日本列島の西の端であることを思い知らされる、言葉を失うほどの辺境感である。ホームからは佐世保湾と、取り囲む家並みが見渡せる。地理的な特徴は長崎とあまり変わらないのに、風景が放つ「波動」がぜんぜん違う。空気は弛緩しきってエネルギーがなく、海にも生命感がない。観光客や若い修学旅行生を集め、異人の活気にあふれる長崎に対して、ここは自衛隊とアメリカ軍に依存した街。さびれていて、重苦しいのだ。

しかし、その辺境感にも想像力はあり、自分に刺激をあたえてくれる。

おもうに、佐世保に漂う空気感は、フィクションや文学的なエモーションを生み出す土壌がある。事実、何人かの小説家を輩出した。村上龍、佐藤正午、白石一郎....。そして、なにより『全身小説家』の井上光晴。原一男の映画で、捉えられた井上さんの実像はすさまじかった。平然と女性に嘘をつき、完全に作り話だった「生い立ち」をカメラの前で訥々と語り、真実を隠したままガンで倒れる。この徹底した虚構性は、想像力の文脈でいうとまさに佐世保的....この土地に住む人間として、そのあたりは直感的にわかる。ぼく自身の制作の柱であるコラージュも、借り物のイメージでフィクションを拵えることではある。作品に求めている辺境感、猥雑さ、古臭さ....自分の好みとの類縁性を感じてしまうし、自分がやっていることは「佐世保」だったんだと、「佐世保」でいいんだと、土地と自分との間に新しいイメージを持ち始めているところだ。

長崎と佐世保、それぞれの土地の波動が、自分のなかでリズムを刻んでいる。「佐世保」で行き詰まったら、「長崎」に還ればよいのだ。気に入ったものはなんでも飽食してよい。借り物や虚構であっても、よい。あとは、自分がいちばん解放される記憶や情感の波動を意識すること。画面のなかで歌うのだ(地声でよい)。自分なりの、想像力のサイクルを見つけたような気がする....。
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by ksksk312 | 2011-08-29 01:28 | 読書美術音楽、etc

Elias Canetti(1905-94)

永遠の下では、あらゆることは始まったばかりだ。
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by ksksk312 | 2011-08-21 22:54 | on paper '11

鼓笛隊

パレードだけは独りではできない/感じる
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by ksksk312 | 2011-08-20 00:37 | on paper '11

使い捨てでよい(土着魂)

進行中→カクラサマ
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by ksksk312 | 2011-08-18 23:00 | on paper '11

(花子は)ぼくらよりうんと早く生まれてあとに死ぬ

環浄の秘密
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by ksksk312 | 2011-08-11 22:38 | on paper '11

頭と胴/割れた心

猫とズボンの観察結果
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by ksksk312 | 2011-08-09 22:51 | on paper '11

Blaise Pascal(1623-62)

あまり自由なのは、よくない
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by ksksk312 | 2011-08-08 12:06 | on paper '11

窓の外、外国のジェット旅客機が旋回していた。とても不安定で、

アクロバット飛行のような動きをしている。これは墜落するかもしれない。機影は住宅地の影に隠れてしまい、これは墜落炎上かな...この家は大丈夫か、と思ったら、なんと空中でホバーリングをしている。旅客機はコンコルドに変化していて、近所の中学校のグラウンドに軟着陸していった。着陸のときには、『未知との遭遇』のマザーシップのように機体を反転させ、上下さかさまに地面に降りた。びっくり仰天して中学校のグラウンドに向う。
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コンコルドはハイジャックされていて、韓国へ向かう途中なのだという。消防隊が駆けつけていて、さかさまに着陸しているコンコルドを警備していた。関係者の中に弟がいて、「迷惑な話だ」と憤慨している。ぼくのような一般市民は知らなかったが、コンコルドが佐世保に向かっていることは知らされていたという。

格納庫におさめられているコンコルドを写真に撮ろうとした。カメラのフレームからみると、あるとき恐竜の化石になり、またあるときは8月の精霊船、おくんちのときの唐人船になっていた。どちらになってもカメラのフレームにはなかなか入りきれずに、アングルに苦労している。
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by ksksk312 | 2011-08-06 23:41 | on paper '11

ゼットン/手強いやつ

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by ksksk312 | 2011-08-02 23:15 | on paper '11